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「少女は怯えながら暗闇の公衆トイレへ」日本の女子高生が見たインド・スラム地域の悲しい現実

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スラムで暮らす子どもたちはどのような生活を送っているのか。家族でインドに引っ越した高校生の熊谷はるかさんは、学校のクラブ活動でスラムに住む同世代と交流するようになった。熊谷さんは「いつも笑っている彼女たちにある質問をすると、笑顔が消えてしまった」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、熊谷はるか『JK、インドで常識ぶっ壊される』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/pixelfusion3d ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pixelfusion3d

「数学がすごい」そんなインド人は実は一握り

放課後にスラムで暮らす子どもたちに会いにいく木曜日は、1週間でいちばん好きな曜日になった。芝生の広場に入っていくと、女の子たちはいつもすぐに駆け寄ってきて、わたしたちが学校に帰る時間になると、ギリギリまで手を握って、「また来週ね」と約束した。

芝生の広場で子どもたちと過ごす、1週間のうちのたったの1時間は、いつも濃かった。側転や倒立の競争をしたり、そこらへんにいた野良犬の赤ちゃんと遊んだり、ヒンディー語バージョンのハンカチ落としをしたり。ときには算数の宿題を手伝ったりもした。

10歳前後の彼ら彼女らがやっていた学校の算数のレベルは、日本の小学校ともたいして変わらなかった。逆に、わたしの学校にいるインド人の同級生、特に男子は、確かに理数系が凄まじくできるひとも多かった。そういう彼らは一様に、小さいころから塾に行ったり家庭教師がついていたりしていた。「インド人は数学がすごい」と言われるが、その「インド人」たちのなかの分断を浮かび上がらせるのもまた、数学だった。

次第に見えてきた子どもたちの真の姿

わたしたちが毎週訪れるこのスラムは、「サンジェイ・キャンプ」といい、2500世帯以上、人数にしておよそ1万人が暮らすという大規模なコミュニティで、やはりいくつもの大使館に囲まれたエリアに位置する。都市のど真ん中にある、アーバン・スラムと呼ばれるやつだ。

そもそも、この地域の子どもたちとうちの学校のサービスクラブに交流があるのには、クラブが連携している外部のNGOの背景があった。それは、あのマララさんと同時にノーベル平和賞を受賞した、インド人の人権活動家・カイラッシュ=サティヤルティ氏(Kailash Satyarthi)が設立したもの。その名もKailash Satyarthi Children’s Foundation(KSCF)といって、児童労働者の救出活動とともに、児童労働の撲滅や子どもの権利・教育の重要性などを訴える「子どものための」団体だ。