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悠仁さまの筑附ご進学と眞子さんの結婚…秋篠宮家で何が起きていたのか〈紀子さまは涙を流し喋り続けることも〉

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 秋篠宮家の長男・悠仁さま(15)の筑波大学附属高校へのご進学が、宮内庁から発表されました。「文藝春秋」編集部の特別取材班による「秋篠宮家『秘録』この3年間に何が起きていたか」(2021年12月号)を公開します。(全3回の1回目/#2#3に続く)

2021年10月26日に婚姻届を提出し、記者会見に臨む小室圭さんと眞子さん ©JMPA

(※年齢、日付、呼称などは掲載当時のまま)

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窮屈な環境に苛まれていた

「早くここから抜け出して、外の世界に行きたい」

 ある皇室関係者によれば、秋篠宮家の眞子さま、佳子さま姉妹は今から10年ほど前から、そんな想いを強く抱いていたという。

 どこに行くにも四六時中お付きの職員が付いて回り、自分の意思で自由に外出もできない。赤坂御用地という空間でしか生活することを許されない。その息苦しさは大学や高校で、自由に暮らす友人達と接するにつれてより痛切に感じるようになったという。幽閉状態にも近い人生を生きることは、すでに20歳を迎える頃から2人にとっては耐えがたいことだった。

2019年6月、日本芸術院賞の受賞者らを招いた茶会で歓談される、眞子さま(当時)と佳子さま

 姉妹をよく知る人物が語る。

「お二人は、同い年の子よりも10歳以上は精神年齢が上の印象で、窮屈な環境での暮らしにいつも苛まれていました。『ここから抜け出したい』という切実な想いは、常に2人の心の奥底にあったのです。

 その気持ちを覆い隠し、父母をはじめ周囲に悟られないために、佳子さまは、趣味のダンスに打ち込まれていた面もあります。ダンスをすれば体力も使うので、自分の苦しい立場を少しでも忘れられたのでしょう。一方の眞子さまは、妹さんより精神的にお強い方ですから、佳子さまほど何かに打ち込む対象がなくても、不安定になることはありませんでした」

 まだ高校生だった佳子さまは多感な時期でもあり、精神的な乱れも多かった。この人物に頻繁に悩みを相談し、同時に様々な質問をしたという。「皇族が置かれている立場をどう考えるか」といったことや「男女はどういう考えに基づいて交際するのか」など、話題は多岐にわたった。

2021年、佳子さまのお誕生日に際してのご近影 宮内庁提供

 そこで話したことは、佳子さまは逐一、姉の眞子さんに報告していた。姉妹は一心同体と言えるほど仲が良く、常に同じ考えを持っていた。ある日、この人物は眞子さんにこう言われたという。

「あなたが妹にアドバイスをしてくださっていたことは、妹から聞いて全て知っています。私も同じ考えでいます」