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「死んだと思ったら急に立ち上がり人を叩き殺すことも」住宅地から逃げたヒグマは草むらに潜んでいた…ハンターの背筋がスッと冷えた瞬間

#2

2022/02/23

街中で人間を襲い続けるクマにハンターは……。「文藝春秋」3月号より、ライターの伊藤秀倫氏による「羆を撃つ 札幌4人襲撃事件」を全文公開します。(全3回の2回目/#3に続く)

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100針以上を縫う重傷

 3人目の被害者となった40代男性は命に別状はなかったものの、肋骨を6本折り、100針以上を縫う重傷を負った。この3件目の襲撃については、後ほど改めて検証する。

 その後、斎藤らは付近の小中学校のグラウンドなど目撃情報のあった場所をしらみ潰しに捜索するが、“空振り”が続く。だがこの頃には、警察のヘリも捜索に投入され、斎藤の車の後部座席に乗り込んだ警察官にヘリからの情報が入るようになっていた。網は確実に狭まりつつあったが、またしても犠牲者が出る。

ハンターの斎藤羊一郎氏

 4人目の被害者は、自衛隊丘珠駐屯地に勤務する自衛隊員だった。

 この日、同駐屯地がクマの出没情報を認知したのは7時15分ごろ、周辺を走るパトカーによる広報によってだった。隊員が出退勤する時間帯だったため、正門の門扉を半分だけ閉めて、クマの侵入に備えるよう指示が出されたという。さらに隊員に対しては、場所柄、基地に一定数常備されている「クマ除けスプレー」を携行するよう指示もあった。

 正門の警備を担当するA隊員もスプレーを所持し、半分閉められた門扉に立った。

 ちょうどその頃、北海道文化放送(UHB)のカメラが車中から、住宅地を走り抜け、丘珠空港通りを横断するクマの姿を捉えていた。通りを渡ったクマは、自衛隊の敷地脇の歩道を疾走し、正門に突進していく。

 時刻は7時58分。UHBの動画には、〈自衛隊の門を入ろうとしています!〉という緊迫した声も入っている。

 クマと対峙する恰好になったA隊員は取材に対して、「門に向かってきたときから、かなり興奮してパニック状態に見えた。走ってくるヒグマを見て恐怖を感じた」と証言した。A隊員は、同僚隊員と2人で指示通りに門扉を必死に閉めようとしたが、クマの頭部が門扉に挟まってしまった。クマは前肢で強引に門扉を開けると敷地内に入ってきた。A隊員は後ずさりしたが転倒、クマは覆いかぶさるようにして、左わき腹に噛みついた。A隊員は、左胸から腹部にかけて裂傷を負った(軽傷)。