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「むしろダイバーシティという言葉なんて要らなくなるといい」 ジャーナリスト・伊藤詩織と考えるジェンダー・イクオリティ

GUCCIグローバルキャンペーン「CHIME FOR CHANGE」

PR提供: GUCCI

 2013年、ジェンダーの平等を訴える声を集め、繋げ、強化していこうとするグローバルキャンペーン「CHIME FOR CHANGE」を立ち上げたGUCCI。その一環として、この3月、日本におけるジェンダー・イクオリティ(ジェンダー平等)の実現を問い直すスペシャルコンテンツ「GUCCI GENDER CANVAS」を特設サイトにて公開するとともに、東京タワーをGUCCIと「CHIME FOR CHANGE」を象徴するカラーにライトアップする。

「GUCCI GENDER CANVAS」のトークセッションの参加者の一人は、映像ジャーナリストの伊藤詩織さん。ジャーナリストを目指してニューヨークの大学で写真とジャーナリズムを学んだ伊藤さんは、ロイターの東京支局に勤務後、フリーランスとして独立。日本のみならず南米やアフリカなど世界各国で取材活動を行い、さまざまなテーマのドキュメンタリー作品を発表している。

 現在はロンドンを拠点としながら、社会や歴史のはざまでもがく人々に目を向け続けている伊藤さんは、日本でのジェンダー問題をどう捉えているのか。率直な意見を語ってもらった。

――CHIME FOR CHANGEの「GUCCI GENDER CANVAS」での社会学者・下地ローレンス吉孝さんとのトークセッション、非常に興味深いものでした。海外での生活も長い伊藤さんにとって、ジェンダー・イクオリティという観点では、まだまだ日本社会に疑問があるようですね。

伊藤 疑問や違和感、危機感は、さまざまな面で抱いていますね。まずは言葉です。私の中では、日本語という言語にリミットを感じることが少なくないんです。ジェンダーについても、もっとストレートに「こう思う」「こうじゃない」と言葉に出して議論したいのですが、日本語ではそれをやると角が立ってしまう。特に会議やフォーラムといった公式の場ほど、どうしても縦の関係性というか、上下の立場に気を使うような雰囲気になってしまっている気がします。

――丁寧語や謙譲語という日本語の特性も影響しているのでしょうか。

伊藤 そうかもしれません。私は、フラットな横の関係性でオープンに話し合ってこそ本当のフェミニズムが始められると思っているんですけど、それが日本語では難しい。これでは日本のフェミニズムはなかなか進まないかもと、少し不安を感じたこともありました。

 また、違和感ということでいうと、「○○らしさ」が日本では常につきまとってくるのも気になりますね。何かと枠にはめこみがちだな、と。

――「女性らしさ」とか「日本人らしさ」とか?

伊藤 はい。私自身、『Black Box』という本を出版させていただいた時、表紙についてすごく悩んだ経験があるんです。私としては、自分の体験を書いてはいるけれど、あくまで「anyone」、つまりこれは自分だけの話ではなく、誰にでも起こりうることだということを伝えたかったので、表紙に自分の顔写真を入れることに強い抵抗があったんですね。それによって、伊藤詩織の話として他の人と線引きされてしまうことがすごく嫌だったので。

 最終的には編集者や写真家の方といろいろ協議をして、納得できるかたちの表紙にすることができましたが、あの時にしっかりコミュニケーションをとっていなかったら、自分の考えを表に出せなかったかもしれないし、もしかすると誰かが思う「伊藤詩織らしさ」を崩せなかったかもしれない。そういった「らしさ」に今まで組み込まれてしまったことがこれまでにもたくさんあって、それをどう崩していくのかと、日々格闘している感じです。

誰にでもさまざまな選択肢がある

――「らしさ」ということでいうと、外から決めつけられる「らしさ」もありますが、たとえば「自分は女性だから女らしくあるべきなんだ」と、自分で自分の枠を決めつけてしまっている場合もあるかもしれませんね。

伊藤 ありますね。でもそこには、時代背景や経済的背景も強く影響しているのではないかと思います。同じ日本の女性でも、例えば就職活動について先輩方に話を伺うと、バブル期の頃は就職活動の時、今よりも自由な服装で面接に行っていたと聞きます。「らしさ」にとらわれず自由に自己表現ができていたということかもしれません。私は大学で学生たちにお話をする機会もあるのですが、最近の大学生や20代の人たちって、意外なほど多くを求めず、今いる環境の中で生きることを良しとしているんですよ。

 私から見ると、「Hey, You can do more!(意味:あなたたちにはもっと可能性があるんだよ!)」って思うけれど、そこには彼女彼らが置かれている経済状況も関わっているはずで、もしかするとそこでどう生き延びるかというだけでせいいっぱいなのかもしれない。

――確かに、日本の若い世代は閉塞感に苛まれ、内向き志向になりがちだと言われています。

伊藤 でも、本当は誰にでもさまざまな選択肢があるはずなんですよ。だから、今は一つの環境にとどまっていても、いろんな人に出会っていろんなロールモデルを見て、いろんな情報を得てほしい。そこから、今いる場所とは違う世界があることを知り、自分にもその世界を選ぶことができるんだ、自分にもたくさんの選択肢があるんだと気づくことが、すごく重要なんじゃないかと思いますね。

――そうですね。たとえば今回のオンラインコンテンツのように、ジェンダー・イクオリティについてもさまざまな意見を知ることができる機会は貴重です。

伊藤 本当にそうですね。日本では大企業であってもなかなかジェンダーについての発信が少ないように思いますし、ましてやこういった取り組みはあまりなされていませんよね。私自身、下地ローレンス吉孝さんとフランクにいろんなお話ができましたし、日本でもこういう機会がもっと増えるといいなと思いますね。

GUCCI GENDER CANVASトークセッションの収録オフショット。社会学者・下地ローレンス吉孝氏との画面越しでの対談は和やかな雰囲気で行われた。
​スペシャルコンテンツ「GUCCI GENDER CANVAS」
GUCCI GENDER CANVASトークセッションの収録オフショット。社会学者・下地ローレンス吉孝氏との画面越しでの対談は和やかな雰囲気で行われた。
​スペシャルコンテンツ「GUCCI GENDER CANVAS

社会の声に耳を傾ける力が必要

――日本では上場企業の女性役員の割合が諸外国と比べて低い水準にとどまっていますし、まだまだジェンダーについての取り組みも遅れているように感じます。

伊藤 うーん、たとえばCMにしても、前時代的というか、ジェンダー・イクオリティには及ばないような内容のものがあるようには感じますね。ただ、そうだとするならば、それに対して受け手である私たちがどう反応するかが、重要になってくると思うんです。そして企業側も、そのCMに対して社会からどういった反応があるのかを、しっかり認識することが必要ではないかと。

――企業のあり方としておかしいと思うことがあったら、受け手である消費者側からも異を唱えていく。それが企業の意識改革につながるのかもしれませんね。

伊藤 そうだと思います。企業の意識が変われば、プロダクトも発信も今の時代を生きている人たちにきちんと届くものになって、受け手側からの共感を得られる。絶対Win-Winの関係になりますよね。やっぱり、どれほどダイバーシティと言っていても、社会の声に耳を傾ける力が企業にないと、すごく危ういものになってしまうんじゃないかなと思います。

――しっかり伝えようと声を上げれば、相手も耳を傾ける。耳を傾けてくれると思えば、声を上げる勇気も生まれる。その循環が理想ですね。

伊藤 そうですね。私はやっぱりアクションがすべてだと思っています。発言することによって、否定的な意見や、時には悪意のある矢が飛んでくることもありますが、たとえマイナスのものでもそこに何かが生まれたことには違いない。常にそうポジティブに捉えるようにしています。

身近な場所を見つめ直したい

 伊藤さんは自身が制作するドキュメンタリーを「スロージャーナリズム」と呼ぶ。その言葉どおり、伊藤さんは取材に時間をかけ、対象者とじっくり向き合い、彼女彼らの体験を自分の中にしっかりと落とし込むことによって作品を形にしていく。日本の孤独死、ろう者の俳優活動、視力を失った父とその家族、シエラレオネのFGM(女性性器切除)……多岐にわたるテーマを追った伊藤さんのドキュメンタリーは、彼女のホームページで公開されている。

――映像ジャーナリストとして、今後新たに取り組みたいと思っていることはありますか?

伊藤 今も継続して海外で撮影しているドキュメンタリーがいくつかありますが、2020年に仕事で日本に帰ってきたタイミングで新型コロナウィルスの感染が拡大してしまい、本拠地であるロンドンに戻れないまま丸2年日本にとどまっている状態なんです。でも、逆にそれが、自分が生まれ育った川崎という街について考える機会となりました。

 川崎では、まだ外国出身者に対するヘイトデモがなくなっていなかったり、考えられないような差別が残っている。じつは自分の身の回りでいろんな社会問題が起きているということに改めて気づかされました。それをどういうかたちで私なりに発信していくか、考えているところです。

――自分自身の身近な場所を、改めて取材の場、発信の場として見つめ直すということですね。

伊藤 「これは自分の身にも起きていることかもしれない」という視聴者の気づきにつなげるには、私自身の身の回りのことから話していくのが一番近道になるような気がするんです。

 これまでジャーナリズムは第三者の視点で公平に報道することが良しとされてきました。もちろんジャーナリズムとは自分を語ることではありません。でも、人って完全に第三者になりきるのは無理だと思うんですね。どんな記者でも、この人に話を聞こう、この言葉を使ってこれを書こうと思った時点で、何かしらが自分のインサイドに入ってきているわけですから。だったら、自分がリーチしやすい身の回りのことへの問題意識を出発点に取材をして、「この人だからこういう視点の記事になった」という背景が見える発信をすることも、新しいジャーナリズムじゃないかと思うんです。

「ダイバーシティ」という言葉がいらない社会に

伊藤 もうひとつは、ビジュアルがないドキュメンタリーが作れないかということ。日本ではカメラを向けることがちょっと暴力的に受け取られることもありますし、顔出しはできないという方も少なからずいるので、これまでも音声だけで取材をしてきたことはあったんですね。それを逆手にとって、あえて音声だけのドキュメンタリーにすることで、受け手が話し手の息遣いや環境音を感じながら、視覚ではない感覚を使いながら、ただひたすらに聞くことに集中する時間を生み出せないかと考えています。

――ジェンダーを含め、さまざまな不平等や差別を感じていても、表に出て声を上げることが難しい人も大勢いると思います。そういった人たちのためには、伊藤さんが考えているようなアプローチが必要かもしれません。

伊藤 さまざまな他者を知り、その人たちが語ることを自分事にすることで、世界が広がり、意識も変わっていくと思うんです。そのきっかけになるようなドキュメンタリーにこれからも取り組んでいきたいと考えています。

 一方で、こうしたオンラインのスペシャルコンテンツもいろんな人が意見を発信できる貴重な機会ですし、ファッションやアート、映画などからダイバーシティの広がりに気づくこともあるはずです。いつかは、誰もが他者をあるがままに受け入れ、「ダイバーシティ」という言葉さえ使う必要のない社会に変わってほしいと願っています。

伊藤 詩織(いとう しおり)
1989年生まれ。映像ジャーナリスト。BBC、アルジャジーラ、エコノミストなど、主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。国際的メディアコンクールNew York Festivals 2018では『Lonely Death』(CNA)と『Racing in Cocaine Valley』(Al Jazeera)が2部門で銀賞を受賞。自身の受けた性暴力被害について綴ったノンフィクション『Black Box 』(文春文庫刊)は第7回自由報道協会賞大賞を受賞、8カ国語/地域で翻訳されている。2019年『ニューズウィーク日本版』の「世界が尊敬する日本人100」に、2020年米『TIME』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出された。

伊藤詩織さんがこれまでに制作した映像作品の一部は、自身の公式サイトから視聴できる。

CHIME FOR CHANGE
 ジェンダーの平等のために発せられた声や訴えをひとつの強い力として集結するグローバルキャンペーン「CHIME FOR CHANGE」を継続して展開しているGUCCI。その一環として、日本におけるジェンダー平等の実現への対話を生み出すため、3月18日(金)にスペシャルコンテンツ「GUCCI GENDER CANVAS」を特設サイトにて公開。同時に、国際女性デーにあたる3月8日(火)を皮切りに、18日(金)、25日(金)の3週にわたり、東京タワーをGUCCIと「CHIME FOR CHANGE」を象徴するカラーにライトアップ。


GUCCI GENDER CANVAS
ジェンダーの平等と未来への希望に向けてGUCCIとともに「ジェンダー平等の実現」を考えるオンライン動画コンテンツ。下地ローレンス吉孝さんをファシリテーターに、社会学者の上野千鶴子さん、映像ジャーナリストの伊藤詩織さんをゲストにむかえるトークセッションや、国内外のセレブリティからのメッセージなど、充実したコンテンツを配信中。
配信期間:2022年4月30日(土)まで予定
https://chimeforchange-jp.gucci.com


文 張替裕子
写真 石川啓次/文藝春秋

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