昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

source : 提携メディア

genre : ニュース, ライフスタイル, 働き方, 社会

お互いに尊重し合い、人としてのマナーを守れれば、エイジフリーは、かなり有益な手段ではないかと思います。

お互いの尊重に年齢の上下は関係ない

私は若い人と心を開いてもっと話をしたい。若い人から学ぶことはたくさんある。年齢が30歳離れていても、関係ありません。若い人の本音を聞いて学びたいし、私の本音を聞いて批評もしてもらいたい。壁を取り払ったら、きっと楽しいだろうと思います。

その組織の限られた価値観の中で、先輩が必ずしも後輩より秀でているとは限りません。もし後輩の方が秀でているならば、先輩はそれを受け入れればいい。例えば、年下の上司だからといって、自らの可能性にフタをするのはナンセンスです。若い人も遠慮なく、中高年に言いたいことを言うべきだし、きっと心を開いて話せたら、有益なことがたくさんあるのではないかと思います。

お互いに人間を尊重し合えるのであれば、年齢の上下は関係ないと思うのですが、いかがでしょうか。後輩が上司になったという理由だけで、有能な先輩をいちいち本社から子会社に出向させていたら、会社の損失にもなりかねません。

「年長者を敬う文化があるから、日本ではなかなか難しいのではないか」。知人はこう言います。そうかもしれません。確かに大きな理想論かもしれません。でも、エイジフリーという柔らかいセンスは、様々な可能性を高め、広げてくれるかもしれません。

「相手をどう呼ぶべきか」という日本独特の“壁”

日本人の横並び意識や序列社会の背景の一つに、相手をどう呼ぶかという呼称の問題があります。「山田さん」「山田君」「山田」。例えば、山田さんのことを呼ぶ時、少なくともこの3通りがあります。「山田さん」と呼ぶ場合、この山田さんは、初対面の人か、自分より年上の人、先輩や上司などになります。次に、「山田君」「山田」と呼ぶ場合、山田さんは、同級生や同期、または後輩や部下などです。

英語や中国語は比較的シンプルですが、日本語はややこしいです。繊細な日本の文化を象徴する大切な呼称かもしれません。ただ、こうした名前の呼び方に反映されている意識が、日本人の横並び意識や序列社会の背景となり、画一的な社会を助長しているのではないかという問題提起です。これが、時には人の判断を萎縮させたり、人生の選択肢の幅を狭めたりしていないかと気になっています。

z