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2022/04/15

「まず山を歩くスピードが尋常じゃない」

 世のハンターの大半はヒグマを獲ることはおろか、姿さえ見ずに狩猟人生を終えるというのに、なぜ赤石は獲り続けることができるのか。

 その秘密を探るべく、こんな質問からインタビューを始めた。

——これまでに獲ったクマで一番、手強かったのは?

「そんなのいねぇな。どれちゅうことないんだ。いつでも獲るから」

 その口調にまったく気負うところはないが、取材者としては出鼻を挫かれた格好だ。すると、

「この人はさ、エスキモーとかイヌイットみたいなもんだから」

 横から“助け舟”(?)を出したのは、南知床・ヒグマ情報センターの理事長、藤本靖(60)だ。藤本は2000年に同法人を立ち上げ、世界有数のヒグマ生息密度を誇る道東地区においてヒグマの行動調査と、問題個体への対策に取り組んできた。

 赤石にとっては参謀役といえる人物だが、藤本自身は「もとはさ、赤ちゃんに『シカ撃ちに行くから、お前、運転手すれ』って言われて、同行したのが最初だから」と笑う。

430キロの超巨大ヒグマと赤石氏

 40年近く前、その最初の猟で、藤本は赤石の凄さを実感する。

「まず山を歩くスピードが尋常じゃない。オレらの2倍だから。それと普通の人とは眼が違うね。赤ちゃんに『ほれ、あそこにシカいるべ』って言われても、全然わからなかった。300メートル離れた林の中のシカの角を見分けて撃つからね」

 300メートルといえば、例えば東京駅丸の内口から、皇居外堀の手前ぐらいまでの距離だ。ちなみに普通のハンターの射程はだいたい100から150メートルくらいだという。

「見えるだけじゃなくて、見てるところが普通の人と違う。以前も車の中からシカ見つけたときに、赤ちゃんが『これ、おかしいぞ』って言うんだわ。普通、こういうときシカは車を見るはずなのに、こっちにケツ向けてるのは、他に気になるものがあるんだろう、と。しばらく見てたら、予想通りクマが出てきて、あっさり獲っちゃった」(同前)

800メートル先のクマを撃った

 いったいどれくらいの距離まで撃てるのか、と赤石に尋ねると、やや鼻白んだ様子で「バカな話するでねぇよ」と笑われた。

「撃てって言われたら、(窓の外の遠くを指さして)あの鉄塔のところだって撃つさ」

2021年6月、札幌市内に現れた体重158キロのヒグマ ©時事通信社

 藤本も「過去の最長不倒だと、オレらの前で810メートル先のヒグマを仕留めてるから」と頷く。

 我々素人は、射撃というと獲物に向かってまっすぐ飛んでいく弾道をイメージするが、実際には物理学の法則により、銃弾は放物線を描いて落ちていく。従って射撃に際しては、その落下の幅を計算する必要がある。距離が遠くなれば、落下幅も大きくなり、また途中で風の影響なども受けやすくなるので、かなり繊細な微調整を瞬時に行わなければならない。

 だから赤石は狩猟歴50年を超えた今も、2時間余り車を走らせて、網走にある射撃場へと通う。射撃場に通うハンターは実は珍しい。山の中に的を持ち込み、それを撃つことで「射撃練習」を済ませるハンターの方が多いからだ。

「今みたいなレーザーの距離計がなかった頃でも、オレは射撃場に巻き尺を持ちこんで、距離と弾道の変化を研究してた。みんなからは『何やってんだ?』って言われたけどね」と赤石は苦笑するが、その弛まぬ研究心が並外れた射撃技術を磨いたであろうことは想像に難くない。

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