「だいたい、クマはオレと目合わせないよ」
ところで赤石と話していて、気づいたことがある。普段は朴訥とした表情に隠れて気付かないが、ふとした拍子に目を見開くと——。
見たことのない眼の色なのだ。
黄金色、いや琥珀色と表現すべきか。出来すぎているようだが、1番近いのは、野生動物の瞳の色だ。
この眼であれば、800メートル先のヒグマを撃てるだろうな、と思わされるものがある。赤石は言う。
「だいたい、クマはオレと目合わせないよ。山の中ですぐ脇をクマが通ったこともあるけど、そいつはこっちの顔も見ないで、スーッといった。絶対に気づいているはずなのに、知らんぷりするんだもん。350キロ近いデッカいヤツだったけど、あれは不思議だった。まぁ、いろんなクマがいるってことさ」
本当に「気づかないクマ」もいる。
「あるとき、仲間がクマを撃って逃がしちゃったんだ。それでオレが探しにいったら、ヤブの中を歩いてくるのが見えたのよ。『アララ』と思って、そのクマの後さ、ついていったんだ」(同前)
14メートルの距離で、ずっと後をついていくが、なぜかクマが赤石の存在に気づく気配はない。赤石は赤石で「困ったな、どこ撃つかな」と悩んでいたという。
「オレはクマを撃つときは、頭か首しか撃たない。『クマの急所はアバラ3枚下』っていう人もいるけど、そんなところ撃ったら、100メートル離れてたって、あっという間にぶっ飛んで(反撃して)来るよ」
だが後ろからでは、頭も首も狙いようがない。そこで——。
「耳の穴を狙ったのさ」
放たれた銃弾は過(あやま)たず、右の耳から入って、左の目から出ていった。
「そんなところ普通は撃たねえよ、誰も(笑)。でも、オレは目玉撃てって言われたら撃てるから」
もっとも、並外れた視力と射撃技術だけで獲れるほどクマは甘くない。熟練のハンターであっても、思わぬ反撃で命を落とすことはある。
(#2に続く)

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