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家の中をのぞくクマ
春グマ駆除とは、ヒグマによる家畜や人身への被害への対策として、残雪期に冬眠明けのヒグマの捕獲を奨励する制度である。北海道では1966年から導入されていたがこの制度によりヒグマの個体数が激減したため、1990年に廃止された。現在では、ヒグマの猟期は10月から翌年1月までとなっている。
「基本的には、雪が積もってないと足跡を追うのは難しい。だから今の猟期だと雪が降るのが遅かったりすると、獲るチャンスはかなり少なくなるんです」(藤本)
赤石は、春グマ駆除の廃止により、人に追われた経験がなく、人を恐れないクマが増えてきたと言う。
「今のクマは夏になると、牧草地で牧草食ってるんだわ。木の実よりも栄養価が高いからね。昔だったらありえないよ。ひどいときは5、6頭集まって、バクバク食ってるよ。エゾシカどころの騒ぎでねぇよ」
近年、道東ではエゾシカが異常な勢いで増加しているが、実はこのこともヒグマの増加と密接な関係があるという。藤本が解説する。
「昔はこのあたりにこんなにシカはいなかったんです。平地は冬場になるとエサの笹が雪に埋もれるから、風が強くて冬でも雪が少ない摩周岳付近にしかいなかった。ところが別海あたりで乳量を増やすための牧草地の改良が進むと、栄養価の高い牧草をシカが食べるようになって爆発的に増加して、そのまま定着しちゃった。それが冬場に一定数餓死して、そのシカの死骸を冬眠明けのクマが食べる。さらに牧草も食べる。栄養満点ですよ(笑)」
シカやクマの食性と習性を、人間が変えてしまったのである。
「最近のクマは牧草食ったついでに家の中、のぞいていくからな。ガラスに掌の跡をベッタリくっつけて。そのうち“ごめんください”って入ってくるよ(笑)」(赤石)
これを冗談とばかりも言っていられない現実がある。
「ちょっと、これ見てください」と藤本が取り出してきたのは標津町の市街図だ。そこには街中を縦横に赤いラインが交差している。そのラインは、藤本たちが行動調査のために捕らえた後、首輪に発信機を付けて放したオスのクマの移動経路を表しているという。この地図を見れば、クマがいかに人間の生活圏に入り込んでいるか、一目瞭然である。
「これ見たら、クマが目撃された場所に『ここにクマ出ました』という看板を立てるのがいかに無意味か、わかりますよね。ここ、じゃなくてどこにでもいるんだから」(藤本)