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「皇族特権に対する不満」「“裏口”ルート」

 制度の詳細は非公開だが、毎年成績優秀な生徒数名が、推薦と内部審査を経て相手校に進学できる。元々両校の縁は深く、ともに師範学校を前身とする歴史的背景もあり、大学間連携協定に基づき締結された。

「お茶小から筑附中に進学の際は、男女どちらも制度の対象になりますが、お茶中から筑附高進学にあたっては男子のみが対象です。一方、筑附から女子高であるお茶高へは当然、女子しか来られませんが、『筑附での人間関係をリセットしたい』『友達との仲が拗こじれた』という、あまり表では言えない理由から制度を利用する生徒もいるみたいです」(同前)

 この制度は、悠仁さまが小5の時に導入された。高校入学の今年までの5年間の時限的措置だったことから、悠仁さまを優遇するための制度との見方が根強くある。

 今回の進学にあたっても、「皇族特権に対する不満」(「週刊女性」2月15日号)、「“裏口”ルート」(「週刊新潮」2月17日号)など厳しく批判する記事が相次いだ。

立皇嗣の礼「立皇嗣宣明の儀」を前に秋篠宮ご夫妻を見送られる悠仁さま ©JMPA

 そのため合格発表後、筑波大学の永田恭介学長は会見で「悠仁さまのためにつくられた制度ではない」とわざわざ説明し、さらに5年間、制度を延長したことを明らかにして火消しに出ざるをえなくなった。

 悠仁さまは3年前、中学に進学する際にも筑附に進学する可能性があった。結局、内部進学したのは、姉の眞子さんと小室圭さんの結婚騒動で、秋篠宮家に対するバッシングの嵐が吹き荒れ、制度利用でさらなる批判を招かないための判断があったと言われている。

 だが、「本当の事情はたぶん違う」と前出の学校関係者はこう語る。

「中学進学の際は、男の子が2人と女の子が1人、提携校進学制度を利用して筑附に進学しています。この3人はとにかく優秀で断トツに勉強ができました。これらの生徒たちに比べて、当時の悠仁さまが勉強ができたかというと微妙なところがある。提携校制度の枠を望んでも、難しかったのかもしれません」

(文中一部敬称略、後編に続く)

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