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連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

「感極まったのか、彼女は涙を流して…」最高裁判決の直後に緒方純子と面会した記者の述懐

完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件 #98

2022/03/29

genre : ニュース, 社会

 起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。

 もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第98回)。

北九州監禁連続殺人事件をめぐる人物相関図

すべての公判を傍聴した、唯一の記者

 最高裁第一小法廷で松永太と緒方純子についての上告を、それぞれ棄却する決定が出されたのは2011年12月12日であるが、それが公表されたのは、松永については同12日、緒方については14日だった。

 その、緒方についての最高裁の決定が公表された翌日である15日に、彼女と福岡拘置所で面会した記者がいる。

 元毎日新聞記者の笠井光俊氏だ。

 02年3月の事件発覚の際に、毎日新聞西部本社社会部の北九州市警担当キャップだった笠井氏は、その後も「北九州監禁連続殺人事件」の取材を続けており、福岡地裁小倉支部、福岡高裁で開かれたすべての公判を傍聴した、唯一の記者でもある。

 そのため、公判が東京の最高裁に移ってからも、同事件のフォローを続け、最高裁判決後の面会に至っていた。

 20年に毎日新聞社を退職し、現在は熊本県で学習塾を経営する笠井氏から、面会時の緒方の様子を中心に、当時の話を伺った。笠井氏は説明する。

「最高裁での判決後の緒方との面会は、この事件を取材していた作家の佐木隆三さんと、その秘書のAさんを含めた3人で行きました。佐木さんはこれまで緒方と7、8回面会していましたので、緒方とは顔見知り。面会に行くことを聞き、ご一緒しました」

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亡くなった人たちに対しては、申し訳ない思いしかない

 当日は、朝一番の午前8時45分頃からの面会だったそうだ。

「面会室に緒方が入ってくると、佐木さんとAさんの顔を見た途端に感極まったのか、彼女は涙を流し、佐木さんもAさんも泣いているんです。僕までもらい泣きしてしまって、そんななかで、こちらからなにを聞くというのでもなく、向こうから語り始めました」

 涙で始まる面会という予想もしない展開であり、その際の緒方の服装など細かいことは記憶していない。ただ、残されたメモによれば、緒方は涙ながらに次のように語っている。

「緒方は『決定は読みました。信じられないというか、実感は湧かないけれども、本当なんだなと思っています。裁判官の1人が反対意見を述べたことを含めて、大変ありがたく思いました。感謝しています』、と……」

 また、被害者に対する気持ちについて、緒方は素直に「亡くなった人たちに対しては、申し訳ない思いしかありません。生き残っている人たちには、少しでも頑張って生きていってほしい。私は自分と向き合っていくだけ」と口にしたという。