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思い浮かべるだけで怒りが消える"あるシーン"…「怒っていること自体にうんざりする」逆説的方法

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怒りが収まらないときは、どうすればいいのか。精神科医の春日武彦さんは「ムカつくことは異常ではないが、それが継続するのは良くない。そんなときは、相手が土下座している光景をリアルに思い浮かべ、感情を沈めたほうがいい」という――。

※本稿は、春日武彦『こころの違和感 診察室』(河出新書)の一部を再編集したものです。

「ムカつく」と「腹が立つ」の微妙な違い

まずは自分がムカついた体験を書いてこの項目をスタートさせようと思ったのですが、記憶の中からムカつき体験を取り出しつつ「このエピソードには長ったらしい説明が必要になってしまうなあ」「この話を披露したら、むしろわたしの人格を疑われそうだ」「この出来事は月並み過ぎて書く意味がないなあ」などと吟味しているうちに、すっかりムカつきの自家中毒になってしまいました。

これ以上嫌な思い出と次々に向き合っていくと心が荒んできそうなので、冒頭部分は割愛します。

写真=iStock.com/Spiderstock ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Spiderstock

さて、ムカつくのと腹が立つのとは同義と考えてよいのでしょうか。どちらも怒りが喚起されるという点では同じかもしれません。

だがわたしとしては、「ムカつく」というのは感情的な側面において「許せん!」といった気持ちがより多く含まれているような気がします。理性的に状況を考査した結果、腹を立てる(軽度の場合には、眉を顰めるのでしょう)といったケースはありましょう。

しかしムカつくのは瞬時の判断および反応であり、それは多くの場合、「失礼だろ!」「卑怯じゃないか」という二つのフレーズに収斂しそうな気がするのですね。

あるいは「ナメられた」「ないがしろにされた」といった感触へのリアクションと言えるかもしれません。

罪を憎んで人を憎まず、とはならない

罪を憎んで人を憎まず、といった言葉がありますよね。孔子が言ったのでしたっけ。まあそういった寛容な精神も分からないでもありませんが、ムカついたときには完全に逆ですね。

人を憎んで罪を憎まず、さもなければ罪も人も憎むぞ状態になってしまう。まさに「お前、絶対に許さんぞ」モードとなってしまう。