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絶対に他人のせいにしない

 僕はいつも楽観的で前向き。生まれながらの性格なんでしょうけど、でも大事なことなんだよ。それは自分の人生に、あまりにも辛いことがあったからかもしれないな。

 極端な道を歩いてきたというか。俺だってトラブルがあると「はあ、辛いなあ」って下を向きたくなるよ。でも「生きていかなきゃしょうがない」って、そう思うと状況が改善されてくるんだな。「何もかも自分の責任だ」「俺がいるから嫌なことも起きるんだ。よし、全部背負ってやろう!」と覚悟さえ決めれば、不思議と乗り越えられる。絶対に他人のせいにしたり、怨んだりしては駄目。他人のせいだと思った瞬間に、「それは間違っているぞ!」と、自分に言い聞かせるんです。

 最近で一番辛かったことと言えば、やっぱり脳梗塞と小脳出血を立て続けに起こしたことですね。

 脳梗塞は3年前。ある日、寿司屋で寿司を食べようとしたら、急に手が勝手にフワフワと動き出したんだよ。まるで自分の手じゃないみたいに。「あ、これはおかしいな」と思って、ほとんど何も食べずにすぐ家に帰った。あれは不気味な体験でしたね。まさか、その時は脳に問題があるとは思わないからさ。

 帰宅して「いやあ、手が勝手に動いたんだ」と言ったら、カミさんが「それは絶対におかしいわ!」ってビックリしてね。すぐ病院に連れて行ってくれたんです。CT、MRIを撮って脳梗塞だと分かったので、詰まった血栓を溶かす注射を打った。幸い後遺症もなく早期発見で本当によかったよ。あと数十分、病院に行くのが遅ければどうなっていたか、今考えてもヒヤッとしますね。

病室で人生を辿り直した

 でも、本当に大変だったのは、それからだった。1年後に小脳出血を発症したんです。いつものように自宅でトレーニングをしたあとに水を飲んだら誤嚥してしまって。ゴホゴホとひどく咳き込んで、その瞬間に脳の血管がプチッと切れたんだね。繰り返し吐いたすえに、倒れこんじゃったんです。

 その時もカミさんが、いち早く異変に気付いて救急車を呼んでくれた。それで、そのままICUに入りました。あとからマネージャーに聞いたら、医師からは「出血が止まらなければ、今日の夜が峠かもしれない」とまで告げられていたらしい。それほど危ない状態だったんだよ。

写真はイメージです ©iStock.com

 しばらくは病室で寝たきりの生活でしたけど、意識が朦朧とする中で「治すには、どうしたらいいんだろう」「まだまだ、やりたいことがあるのにな……」って、そう考えた時の辛さたるやなかった。今までで一番辛かったかもしれないな。

 全部で2か月ちょっとくらい入院していたのかな。何とか無事に生還できたけど、言葉がうまく話せない後遺症が残ってね。一時は会話もままならなくて、芸能活動も中断せざるを得なくなった。それから半年間はとにかくリハビリの毎日ですよ。

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