体力を落とさないための筋力トレーニングに加えて、発音しにくい言葉を何度も繰り返す言語トレーニングもあってね。リハビリ用のテキストを渡されて、「らりるれろ」や「だぢづでど」を声に出して読む。終わったら今度は逆さまに読む。これが本当にキツかった。
自分で大丈夫だと思っていても駄目で、みんなから見て「ちゃんと治った」と言われないといけない。この時も「何があっても自分の責任だ」という心持ちで、リハビリ生活を何とか最後までやり通すことができたんです。
病室で寝ていると、テレビを見る気がしないし、かといって本も読まない。やっぱり考えごとをするしかないんだよね。それで自分が過ごしてきた道、80年余りの人生を全部、一から頭の中で辿り直してみたんです。そうすると、「あの時こうすりゃよかったな」とか「結果的にあれは正解だったな」とか、色々と思うところが出てくるんですよ。
ホテル倒産、母の死…
辛い思い出もたくさん出てきました。パシフィックホテル茅ヶ崎の倒産とかね。1970年のことで、僕がまだ30代前半だった。ちょうどビートルズが初来日して、一緒にすき焼きを食べたり、映画『エレキの若大将』がヒットして、主題歌の「君といつまでも」が350万枚も売れたりしていた。その数年後に起きたことですね。いいことがあれば、必ず悪いこともあるんだな。

出典元
【文藝春秋 目次】<芥川賞>「太陽の季節」全文掲載/プーチンと習近平の「新ヤルタ体制」/<絶筆>石原慎太郎「死への道程」/驕れる中国とつきあう法/「品格なき大国」藤原正彦
2022年4月号
2022年3月10日 発売
特別価格1100円(税込)