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genre : ライフ, 人生相談, 社会

「今となっては、大学進学を機に、家を出られたことは良かったと思っていますが、当初は、兄のことがあったから家を出たわけではありませんでした。私自身、卒業後には実家に帰るものだと思っていましたし、両親も『戻ってくるよね?』と言っていました」

ところが、教育系の大学に進学した佐田さんは、徐々に両親に対して不信感を持ち始める。講義や大学生活の中で、自分の生い立ちや家庭について振り返る機会が多くあることや、年齢的にも結婚や子育てに目が行き始める時期だったことも要因のひとつだった。

「大学を卒業する年の22歳ごろ、結婚や子育てを身近に感じ始めたことがきっかけで、『両親は兄の障害を踏まえて、妹の私を産んでいる』と認識し、『自分が両親の立場だったら、果たして2人目を産んでいるだろうか』と考え始めました。さらに同じ頃、とあるきょうだい児の方が、『同胞の存在を理由に婚約破棄に至った』という情報をネット上で知り、きょうだい児が抱えるハンディキャップを両親はどのように捉えているのかが気になって仕方がなくなっていきました」

その年、実家に帰りたくない佐田さんと、帰ってきてほしい両親とのあいだでもめたが、結局佐田さんは関東で就職し、実家には戻らなかった。

幼い頃の記憶がトラウマに

大学を卒業し、福祉系の仕事に就いた佐田さんだったが、職場でのストレスと、日常生活のふとした瞬間に生じるトラウマによって、体調を崩しがちになっていく。

「子供連れの家族を目にしたり、知らない男性の大きい声を聞いたり、障害者の方を見かけたり……。リアルだけでなく、映画やドラマなどで家族の描写があったり、障害者が登場したりなど、自分と関係している・していないにかかわらず、日常生活のふとした瞬間に、幼い頃の寂しかった記憶や怒りの気持ちが突然ぶわっと湧いてきて、とても落ち込んだりイライラしたりするようになっていきました」

特に、障害者に焦点を当てたTV番組は佐田さんを苦しめた。そのため佐田さんは、トラウマの引き金になるようなものは遠ざけ、目にしないように努力する。

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