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連載池上さんに聞いてみた。

なぜ国際社会は“ブチャの虐殺”を「ジェノサイド」と言い切らないのか?〈実はブチャ以外にも…〉

なぜ国際社会は“ブチャの虐殺”を「ジェノサイド」と言い切らないのか?〈実はブチャ以外にも…〉

池上さんに聞いてみた。

2022/04/27
note

Q ブチャで多数の民間人の遺体を発見…でも「ジェノサイド」じゃないの?

 ロシア軍のウクライナ侵攻で、多数の民間人の遺体が発見されたブチャをめぐり、ジェノサイド(集団殺害)という言葉が問題になっています。

 ウクライナのゼレンスキー大統領やポーランドのモラウィエツキ首相は「ジェノサイド」という言葉を使い、イギリスのジョンソン首相もそれに同調する姿勢を見せていますが、「ジェノサイドの認定は司法当局に委ねる」と発言した国連のグテーレス事務総長を始め、北大西洋条約機構(NATO)やアメリカなどはなかなか明言を避けています。

 なぜこの「ジェノサイド」という言葉はここまで使用に慎重が期されているのでしょうか。(40代・男性・会社員)

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国防相からマリウポリ「掌握」の報告を受けるプーチン大統領 ©AFLO

A 「ジェノサイド」という言葉には単なる「集団殺害」を超えた意味があるのです。

 ジェノサイドを日本語にすると「集団殺害」ですが、欧米ではそれ以上のニュアンスがあります。ナチス・ドイツによるユダヤ人600万人虐殺を想起させる言葉なのです。

 したがって、アメリカのバイデン大統領が「ジェノサイド」と言ったということは、いまのロシアをナチス・ドイツと同等に見ているというニュアンスになってしまい、バイデン政権の幹部が火消しに躍起になったのです。

 そもそも「ジェノサイド」には定義があります。それは、1948年に国連(国際連合)で採択され、1951年に発効した「ジェノサイド条約」に書かれています。かいつまんで説明すると、以下のようになります。

 集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。

(a) 集団構成員を殺すこと。

(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。

(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。

(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。

(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。

 この基準にもとづくと、ブチャでの殺戮は「国民的な集団を破壊する意図をもって行われたのかどうか」という点の精査が求められているのです。歯がゆいですが、告発には確たる証拠が必要なのです。

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