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2022/05/09

「参ったな」と岡田は内心、呻いた。チェーンソーを使うため、岡田も樺沢もライフルを少し離れた場所に置いていたからだ。

〈とりにいく時間はない〉

 覚悟が決まった。

 おもむろにクマに向かって近づいた岡田はスッと腰を沈めた。手には何も持っていない。その距離が約30メートルになった瞬間、岡田は両手を広げて立ち上がり、叫んだ。

「グワァー!」

 いわゆる「裂帛(れっぱく)の気合」である。クマは止まった。そして方向を変えて走り、ヤブの中に飛び込んだ。

「まだ、いるぞ」。岡田は樺沢に声をかけながら、ライフルをとると、クマの隠れた方に向かって構えた。

 5分ほどすると、クマがヤブから出てきた。木の陰に隠れながら、じわりじわりと近づいてくる。

写真はイメージです ©iStock.com

 3歳から4歳の若いクマだ。

 その距離、約40メートル。

 岡田は、クマの鼻先をかすめるように1発撃ちこんだ。クマは踵を返して逃げていった——。

「あんた、なんでオレがクマに当てなかったか、わかるかい?」

 およそ他では聞いたことがない話に私が呆気にとられていると、岡田は「あんた、なんでオレがクマに当てなかったか、わかるかい?」と問いかけてきた。この話を聞いているのは芦別にある岡田の自宅で、元炭鉱住宅だったという年季の入った居間には、これまた年代物のストーブの中で薪が爆ぜる音が微かに響く。

身長177cmと長身のハンター・岡田崇祚氏

「その距離なら、オレはまず外さない。けれど、この日は護衛だったからね。万が一の可能性とはいえ、一発で仕留めきれずにクマの反撃を受ける危険は、避けなきゃいけない。だから威嚇射撃で済ませたんだ」

 それにしても、と岡田が笑う。

「銃もなしに気合でクマを追っ払ったのはオレも初めてだったな」

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