芦別の凄腕ハンターはカップ酒をもって猟に出る――。「文藝春秋」5月号より、ライターの伊藤秀倫氏による「羆を撃つ “山の神様”と勝負したい」を全文公開します。(全3回の2回目/#3に続く)
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「単なる“殺し”の印だろう」
以来岡田は、仲間と26頭、単独で6頭のヒグマを獲っているが、これはいわば「公式記録」で、実際にはこの数字よりも多いのは確かだ。
「最初の頃は、1頭獲るごとに自分の銃に印を彫っていたんだ。そしたら、やっぱり年寄り(のハンター)に『やめれ』って諭されてね」
そのハンターはこう言った。
「あんたにしたら、記念かもしらん。けど人の命だと思ったら、同じことできるか。クマだって命なんだ。それは、単なる“殺し”の印だろう」
以来、銃に印を刻みつけるのはもちろん、獲ったクマの写真を撮ることさえもやめたという。
岡田の話で興味深いのは、しばしば「じいさん」や「年寄り」として登場する人々の「知恵」だ。
そうした知恵が、過去幾度となく、岡田の危機を救ってきた。冒頭の場面も例外ではない。
「オレが昔、じいさんに言われたのは、『もしクマが突然向かってきたら、立ち上がって大声を出せ。そうしたらアイツらは一旦止まって、何事か確認しようと立ち上がる。立ち上がったところで、首根っこを撃てばいい』。実際にそうやってクマ獲ったこともあるし、それを応用したのがあのダムの護衛での一件さ」
冷や汗をかいた後で思い出される言葉もあったという。
「昔、友人と猟をしているときにクマ穴を見つけてね」
木の棒を穴の中につっこむと、たちまち引っ張り込まれた。中にクマがいるのだ。それを繰り返すうちについにクマが顔を出した。
「怒って出てきたところをショットガンで頭をドーンと撃った」
クマはもんどりうって再び穴に転がり落ちた。ところがいつまで経っても唸り声がやまない。
「頭撃ってるのになぜ死なないのか、不思議だったけど、さらに何発か撃って、ようやく静かになった」
掘りだしてみると、クマは確かに死んでいた。だが最初のショットガンでの一撃は、頭蓋骨に跳ね返されていた。頭の皮はベロリと剥けていたが、頭蓋骨はほぼ無傷だった。
クマの頭蓋骨の固さを目のあたりにした岡田は〈頭は撃つなよ。トメは、耳の穴か、ネック(首)か、心臓だぞ〉という先輩ハンターの言葉の意味を思い知らされたのである。