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湖を前に「ヒルだって、泳いでいるかもしれない…」恐怖の中で挑んだ大自然の中の“爽快サウナ体験”

『そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ』より #2

2022/05/10

source : 文春文庫

genre : ライフ, ライフスタイル, アート, , 読書

 自然写真家の大竹英洋さんは大学卒業後、世界的に有名な写真家ジム・ブランデンバーグに弟子入りするため、はるばる日本から北米の湖水地方「ノースウッズ」まで旅をした。やっとジムに会うことができた後、大竹さんはイリ―という町に移動し、有名な探検家ウィル・スティーガーが住む敷地「ホームステッド」にしばらく滞在することになったという。

 ここでは、そんな旅の記憶を綴った大竹さんの本『そして、ぼくは旅に出た。: はじまりの森 ノースウッズ』より一部を抜粋。ウィルに勧められ大自然の中でサウナ体験をする「火から水の世界へ」を紹介する。(全2回の2回目/前編を読む

大竹さんの旅の目的地、北米に広がる「ノースウッズ」。(『そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ』より)

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火から水の世界へ

「サウナに火をつけた。オレは5時頃に入る。その後使えばいい。湖に飛び込むんだ。気持ちいいぞ!」

 いつものように昼ごはんを終えキャッスル(編注:ウィルが建設中の巨大な城)の中で作業をしていると、ウィルが現れて、ぼくにそう告げました。ウィルの髪や服におがくずがたくさんついているところをみると、さっきまで下の木工ショップで作業をしていたのでしょう。

 ぼくはホームステッドに来てからというもの、タオルで体を拭いたぐらいでシャワーを浴びていません。そろそろ体をきれいにしたいと思っていたところだったので、ちょうどいいタイミングでした。

 サウナは、フィンランドに起源を発するといわれる入浴方法ですが、じつはここイリーの町の周辺でも人気があります。というのも、イリーの位置するミネソタ州北部は以前から木材の産地であり、また、メサビ鉄山に代表される世界的な鉄の産地でもあって、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、フィンランドからの移民たちが働き口を求めて大量にやってきたのです。

 それ以来、フィンランド系移民たちの村がこのあたりにいくつも作られ、彼らの文化が根付いていきました。仕事が直接のきっかけではありましたが、森と湖が織りなす風景や北国特有の気候が故郷によく似ていたことも、多くのフィンランド人たちをこの地方に惹きつけた大きな理由でした。

 そんなわけで、フィンランド文化に欠かせないサウナは、イリーでもとても身近な存在となり、実際、その後知り合ったイリーの友人宅にはサウナを備えている家が多くありました。

 ウィル・スティーガーはフィンランド人を祖先に持つわけではないけれど、彼もまたミネソタ州北部でプライベート・レイクを所有する以上、その畔にサウナを建てる夢をいだくことは、ごく自然な流れだったのでしょう。

 午後の7時を過ぎてまだ明るさの残る空の下、タオルを持ってサウナ小屋に向かいました。その小屋は風景によくなじんだ丸太小屋で、湖に面した傾斜地に建ち、屋根の上には土が敷きつめられ草が生えていました。屋根から突き出た煙突からはかすかな煙が風にたなびいています。