ただ、このバラード3部作が自分にとって非常に大きかったからこそ、その後しばらく「もうお嫁サンバはいいんじゃないか」と思ってしまった時期があったのも事実です。感性を培ってもらったという話と反するようですが……『2億4千万の瞳―エキゾチック・ジャパン―』(84年)もそうなのですが、大人の歌い手としての拒否感が心のどこかに生じていたんでしょうねぇ。
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『お嫁サンバ』作詞・三浦徳子、作曲・小杉保夫
『GOLDFINGERʼ99』作詞・作曲 Desmond Child, Draco Rosa、日本語詞・康珍化
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50代で断酒を決意
そういう迷いがパシッと吹っ切れたのは、50代になってからでした。やっぱり僕は歌謡曲のど真ん中にいるんだ、と腑に落ちたのです。画家が色使いや画風を変えていくように、いろんな歌を積み重ねてきて今の郷ひろみがある、と思えたら、どんな曲も抵抗なく歌えるようになりました。
50代も後半に差し掛かると、どんな60代にしようかと考え出しました。会社員なら定年退職を迎える頃だけど、僕にはそれがないし、逆にこれまでの蓄積から力を発揮できる可能性もある。だとしたら、その年代を人生で一番輝かせたい。
そんな決意を込めて、「黄金の60代」というフレーズを掲げました。僕の生き様を綴った雑誌連載をまとめた同名の書籍(『黄金の60代』幻冬舎)も、一昨年出しました。
その中で取り上げたことの一つに、断酒があります。
黄金の60代を迎えるためにどうしたらいいかと模索していた頃、「好きなことをやめてみるのも、新しいことを始めるのに匹敵するくらい価値があるかも」と思い立ちました。そしてその日から、一番好きなお酒を断ちました。
僕はそもそも「明日できることは明日やろう」というタイプではなく即実行型。人生最高の時期を迎えることを固く心に誓っていたので、躊躇はなかったですね。
何も健康を害したとか、ましてや粗相をしたとかいうことではないです。ディナーの時には必ずといっていいほど楽しくお酒を飲んでいましたし、特にワインにはこだわりがありますが、失敗らしい失敗はしたことがありません。酔うと歯磨きの回数が増えるくらいで(笑)。
3年くらいやってみるかと始めたことですが、気づけば今年4月で丸十年になります。周囲は「もういいんじゃない?」と言っていますし、僕も期限を決めているわけではありません。明日には飲んでいるかもしれない。何か大きな流れに身を任せるのもいいんじゃないかという気持ちで今日に至っています。

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