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“全打順ホームラン”を記録…小川博文さんに学ぶ“打順と役割”

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/05/18

 現在3連勝中で、15日の日曜日には久しぶりに8得点。吉田、杉本、福田も戻って来て、ここから上向いていきたい、というタイミングで今回、コラムを担当させてもらうことになりました。

 開幕からとにかく打てない試合が続き、これだけ打てないとバッティングコーチの体にもいろいろと不調が出ているはずです。口の中には次々と口内炎が出来、胃薬はもちろん手放せず……。

 僕もオリックス、DeNAで打撃コーチを経験しましが、打てない時はほんとにしんどいもの。グラウンドに来る時間もどんどん早くなり、早出特打ちの前に1人でデータや映像をチェックして、今日こそ頼むぞ、と祈るような気持ちで試合に入っていたことを思い出します。

 今年のオリックスはレギュラーメンバーの調子が上がらず、そこにコロナで人も抜け、打順もシャッフルせざるをえない日が続いてきました。

 僕も現役時代は仰木さんの下、日替わり打線をたっぷり体験した1人です。当時とは事情が違いますが、少し打順についてあれこれ話をしてみたいと思います。

 

仰木監督の下、目まぐるしく変わった打順

 そもそも日替わりの打線はパの予告先発が94年から全試合で行われるようになり活発化。仰木さんやバレンタインが日替わり打線の戦いで結果を出し、一気に注目度も上りました。

 僕がプロに入ったのは日曜日だけ予告先発が行われていた1989年、平成元年のオリックス元年です。

 監督は上田さんで9番ショートで開幕から使ってもらい、ほぼ1年乗り切ることができました。当時、1軍打撃コーチだった福本さんに「3年レギュラーをやったら認めてやる」と言われていたのですが、89、90、91年とレギュラーを張り、3年目にはベストナイン。

 自信もつき、よし、もっと数字も出してやる、もっと目標を高く置いてお金も稼いでやる、と燃えていた6年目に監督が土井さんから仰木さんに交代。開幕戦は田口がショートに入り、僕は9番サードで出場、そこから打順はこの年だけで3,7、1、6、4、5、2、1……と目まぐるしく変わっていきました。

 仰木さんが監督の時代には全打順を打ち、全打席本塁打なんて珍しい記録までついてきました。最後に打ったのは1番で99年の確か6月にグリーンスタジアムで西村投手(ダイエー)から。凄いね、小川らしい記録、と言われたりしますが、仰木さんが監督をしたからこそ生まれた記録で、それが全てです。

 あの頃、打順は打撃コーチだった新井さんがデータをフル活用してある程度決めていたようですが、かなり以前のデータまで遡って投手との相性を調べていると耳にしたことがあります。

 でも、実際にどういう基準、流れで決めているのか僕らは知らないまま。日本一になった96年は開幕4番でスタートしました。

 前の年にも10試合くらい4番に入ったんですけど基本は6、7、9番あたり。それが開幕4番。相手先発の岩本投手と特に相性が良かった覚えもなく今も起用の理由はわかりません。

 ただ、仰木監督になって3年目、この頃には何番でも驚かなくなっていましたね。ちなみに開幕2戦目は9番。これぞ仰木采配です。その年の開幕戦の打順を改めて調べてもらうと1番からイチロー、馬場、DJ、小川、藤井、田口、四條、三輪……(敬称略)。いやあ、つかみどころがないというか、ここから最後には日本一までいくんですからなかなかです。本来4番のニールが開幕戦に出ていなかった理由は覚えてないんですけど、2戦目の4番は四條で5戦目は中嶋。今のビッグボスのはるか上をいっています(笑)。

打順によってバッティングを変える必要はない

 打順はいつも試合前のミーティングが終わったところでホワイトボードに張り出されます。96年の開幕の時もそこで、「よし、スタメンや。おっ、4番か」みたいな感じだったと思います。

 感覚的には4番目。

 仰木さんの起用に慣れたことと、本来僕にはそういう感覚があったから、1番でも4番でも9番でもこだわりなくやれたのだと思います。

 決まった打順で試合に入らないとリズムが出来ないという人もいます。ビジターかホーム、守備位置が替わると、リズムが変わるという人もいます。

 僕は、ポジションも気にならないし、打順もよーいドンで始まってしまえば同じと思える。初回だけは1番から始まりますけどあとは流れ。クリーンアップにチャンスが多く回るのはあっても、どこに入ってもやることは一緒。

 打順によってバッティングを変える必要はないし、逆にそれをやるとおかしくなると思います。

 大事なことはサインに忠実に、ケースに応じた打撃をすること。フリーに打っていい場面なら思い切り自分のスイングをする。チャンスで4番が打てばさすが4番となりますが、7番、8番が試合を決めるヒットを打っても同じこと。

 周りの見方が違うだけで、何番に入っても打者は走者を還すのが一番の仕事。僕はどこに入ってもそう思ってやっていました。

 イチローが210本を打った94年にはイチローが普段の1番から2番に入った時があり、その内の数試合で、1番小川、2番イチローの並びもありました。

 最強打者を2番に入れるというメジャー流を一足早く実践した形でもあったと思いますが、僕の中ではそれまでに多くあった9番小川、1番イチローの並びと何も変わらなかった。塁に出てイチローへ回せばチャンスが広がる確率は高くなるので当然塁に出ることを頭に置きつつ、当時はイチローに負けないくらい打ってやる、という思いも強かった。こっちも若かったし、目立ちたかったですからね。

 そのためにも打順より何より試合に頭から出たい、最後まで出たい、その思いが強かった。でも、簡単に思い通りにはいかなかったんですけど。

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