起訴された案件だけで7人が死亡している「北九州監禁連続殺人事件」。
もっとも凶悪な事件はなぜ起きたのか。新証言、新資料も含めて、発生当時から取材してきたノンフィクションライターが大きな“謎”を描く(連載第101回)。
事件から20年…由紀夫さんの両親を訪ねて
その部屋を訪ねるのは、およそ1年半ぶりのことだ。前回は祭壇に手を合わせることを許された。今回はどうだろうか。そう思いながら玄関先のインターホンを押した。2022年3月某日のことである。
福岡県北九州市にあるマンションの一室。そこに広田由紀夫さん(仮名、以下同)の両親が住む部屋がある。引っ越していなければ、由紀夫さんの実母である聡子さんと、再婚相手の古谷辰夫さんがいるはずだ。
由紀夫さんの娘である広田清美さんが、松永太と緒方純子による監禁状態から逃げ出した際には、辰夫さん夫婦が逃走場所に迎えに行き、その後、「おじいちゃん」である辰夫さんが警察署に同行している。
「どちらさんですか?」
玄関の内側から男性の声がした。私は名乗り、前回やって来たことを告げると扉が開く。
「もう今年で事件から20年になるんですよ」
私はそう切り出す。
「そうですよねえ」
辰夫さんは静かにそう答えると、私を室内に招き入れてくれた。
実母の聡子さんは認知症に
「今年でおいくつになられました?」
「ええ、90です」
耳は遠いようだが、しっかりした声が返ってくる。
「お元気ですねえ」
「まあいまんところ、リウマチだけやね。病院に通いようけど、わりと元気です」
「おばあちゃんは?」
「もう92よ。認知症が出てねえ」
そう言うと、奥の部屋のベッドに目をやった。そこでは聡子さんが、きょとんとした顔でこちらを見ている。私が「こんにちは」と声をかけるが、反応はない。
まず由紀夫さんの写真が飾られている祭壇に線香を立て、手を合わせる。そして私は居間に戻ると、辰夫さんに尋ねた。
「たしか以前、緒方から詫びの手紙が来ていたと聞いているのですが、最近は手紙とか来ていますか?」
「いや、来ない。なんか無期懲役が決定してからは全然来てない」
「その前は来てたんですよね」
「そうそう。何通かはきた」
私が緒方からの手紙が残っていないか尋ねると、辰夫さんは「ちょっと待ってね」と口にして、奥の箪笥を開けて手紙を探した。そして1通の封筒を持ってきて、「これしかないですねえ」と私に手渡した。