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「『お前には投げさせない』と告げると…」佐々木朗希“高3夏の登板回避事件”の一部始終

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2022/06/22

「お前には投げさせない」。佐々木はボロボロ涙を流した。ノンフィクションライターの柳川悠二氏による「佐々木朗希『怪物』を育てた男たち」を全文転載します。(「文藝春秋」2022年6月号より、全2回の1回目/後編に続く)

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「球速も、変化の幅も別次元」

「令和の怪物」こと千葉ロッテの佐々木朗希にとって、プロ3年目の4月は、無双状態にあった。

 10日のオリックス戦で、史上最年少の20歳で完全試合を達成し、さらに一三者連続三振の新記録も樹立した。緊迫の最終回、颯爽とマウンドに上がり、27個目のアウトを簡単に奪う姿を見て、高田野球スポーツ少年団の監督だった村上知幸は、12年前の記憶が蘇った。

佐々木朗希 ©共同通信社

「小学3年生の朗希を初めてマウンドに送り出した時も3人で抑えて帰ってきた。しかも相手は5年生で、初登板なら4球を連発してもおかしくないじゃないですか。とにかく度胸があった。あの日の朗希と、完全試合を達成した姿がだぶりました」

 高田小の同級生で、のちに岩手県立大船渡高校でバッテリーを組んだ及川恵介は、昨オフに母校で自主トレを共にした。

「遠投をしても、常に強いボールを投げてくる。高校時代とは体つきがぜんぜん違う。球速も、変化の幅も別次元。プロに行った時点で、僕らの誇りではあるんですけど……やっぱり、こうした快挙によって、あの夏の國保(陽平)監督の決断が正しかったことを証明してくれた。それが嬉しいです」

 4月17日の北海道日本ハム戦でも8回までパーフェクト投球を続けたが、球数が100球を超えていたこともあり、そのまま降板した。

 2試合連続の快挙までアウト3つの場面で、交代を指示した監督の井口資仁に対しては、好意的な意見が大半を占めた。野球ファンもケガのリスクを案じ、次なる登板へ期待をより膨らませていたのだ。

 2007年の日本シリーズで、中日の落合博満が8回まで完全投球だった山井大介を降板させ、猛批判を浴びた時とは大違いである。

高3夏の登板回避事件

 目先の勝利を求めつつ選手個人の将来にも意識を向ける――。怪物・佐々木の登場によって、日本の野球界も大きく変わろうとしている。

 大きな契機は2019年夏の岩手大会だろう。佐々木を擁した大船渡高校監督の國保は、強豪・花巻東との決勝で、佐々木を登板させなかった。またそれまで四番に座っていた彼を野手としても起用せず、一打席も立たせなかった。

 試合後、國保が明かした登板回避の理由はシンプルだった。

「故障を防ぐため、です」

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