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父親に続き、妹までも…

 父親の死後、アパートの家賃は滞納され続け、同居していた妹は人知れず姿を消す。近隣住民によれば、以前はバイト先である近くの弁当屋に向かう姿を「よく見かけた」という。

 弁当屋を頼りに消息をたどると、前アパートから車で5分ほど走った場所に妹は引っ越していた。錆びついたトタンのボロ屋が並ぶ一区画。貧民窟だ。人の気配はなく、呼び鈴を押しても応答はない。室外機の上に古びた地方紙が重なり、家の周りはゴミだらけである。

父の自殺後、妹が1人で住んでいたアパート

 真裏に住む女性は言う。

「16年前くらいに住みはじめたみたい。付き合いはほとんどありませんでした。で、そういえば姿が見えないなって。いつ出ていったのかもわかりません。みんな置いたままで。夜逃げみたいな感じです」

「その後、誰か他の人が住まれたんですか?」

「そのままになっています。大家さんも勝手に片づけたり、処分できませんからね」

「妹さんの消息はご存じですか?」

「……実は妹さんも自殺したんですよ」

 父親の死から5年後の2004年、事もあろうに妹までもが自ら命を絶っていた。僕は、ある人から彼女が暮らしていた部屋を撮影した写真を見せてもらった。そこに写っていたのは、家具や家電はそのまま、足の踏み場もないほどにゴミが散乱する様子である。父親の後を追うように自死した妹の内側には、どんな心的情景が広がっていたのか。部屋が惨状を呈していたことから、精神がひどく蝕まれていたに違いない。

父の自殺後、妹が1人で住んでいたアパートの室内。部屋の中はゴミ屋敷と化していた

女性の下着を盗み逮捕、奇行が目立ち住民とトラブルも

 わずか5年の間に2人の肉親を失い、天涯孤独に陥った青葉は、ついに自暴自棄とも言うべき行動に出る。妹の自殺から2年後の2006年9月、春日部市内で女性の下着を盗み逮捕されたのだ。このときは執行猶予付きの判決が下されたが、6年後の2012年6月には、茨城県坂東市内のコンビニエンスストアに包丁を持って押し入り、現金2万円を強奪。強盗及び銃刀法違反の疑いで逮捕され、懲役3年6月の実刑判決を受ける。

 青葉はこの頃、茨城県内の雇用促進住宅に住んでいた。警察立ち合いのもとで部屋に入った管理人によれば、妹の住まい同様、彼の部屋もゴミ屋敷と化していたそうだ。強盗事件については「仕事上で理不尽な扱いを受けるなどして、社会で暮らしていくことに嫌気が差した」と供述。服役中は刑務官に繰り返し暴言を吐いたり、騒いだりして、精神疾患と診断されている。2016年1月に出所したあと、生活保護を受給しながら、さいたま市のアパートで暮らしていたが、音楽を大音量で流すなどの奇行が目立ち、住民とトラブルになっていた。事件直前の夜に青葉が発した「黙れ! うるせえ、殺すぞ。こっち、失うもんねえから!」という言葉が思い出される。

 その後、薬物療法を受け一時期はさいたま市浦和区にある更生保護施設にいたが、敷かれたレールに乗れば更生するとは限らない。いや、むしろ己の人生は両親や社会からのリンチだと悟ったのか、憎悪の火に油を注いだだけだった。

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