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「このおかみさん、夫にとって都合がよすぎない?」林家つる子が挑戦する“女性目線の落語”

「文藝春秋」6月号「巻頭随筆」より

2022/07/20

「芝浜」という噺がある。夫婦の情愛が描かれており、現代においても人気のある人情噺の名作だ。私も芝浜が好きで、聞きながら涙を流したこともある。しかし、何度も聞いているうちに腑に落ちないある感情が沸き上がってきた。

 このおかみさん、可憐で、健気で、夫にとって都合がよすぎないか?

林家つる子氏さん

酒飲みで吉原に通い続ける夫を許せるか?

 落語の主人公は、ほとんどが男性だ。落語の作者は男性で、落語の歴史は男性が作り上げてきた。中には、女性が主人公の噺もあるが、それもあくまで男性が描いた女性像である。「子は鎹(かすがい)」という噺では、家にもろくに帰らず酒を飲み、吉原に通い続ける大工の熊さんが主人公だが、一度はおかみさんと別れたものの、改心した後、子どもをきっかけによりを戻す結末となっている。

 ハッピーエンドに描かれているが、よくよくおかみさんの立場から考えてみると、いくら子どものためや、当時の時代背景があったとはいえ、この亭主の行いをそう簡単に許せるとは思えない。一体どうして許せたのか。おかみさんの心境が気になるが、そこはほとんど描かれていない。

 芝浜もまた亭主である魚屋の勝五郎が主人公のため、やはりおかみさんは描かれていない場面が多い。

2022年8月6日(土)の独演会「第10回 林家つる子独演会〜日本橋のつる子、たっぷり三席〜」では、古典落語「子別れ」を、本来の主人公である熊さん、おかみさん、更には遊女の、3人をそれぞれ主人公にする3部作に挑むという

 私は、子は鎹や芝浜を聞くたびに、おかみさんがこう思っていたのではないか、こんな葛藤があったのではないか、と想像を巡らせていた。「いつかおかみさんを主人公にして噺を描いてみたい」。次第にそんな思いが強くなっていった。

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