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求められていたのは「清く正しく美しく」ではなく…

宝塚歌劇団の有名な標語に、「清く正しく美しく」がある。これは、独身の女性だけを演技者とする宝塚のコンセプトを表現したものとしてしばしば理解されている。だが、1910年代から1920年代にかけての宝塚少女歌劇をめぐる記事や批評のなかに、このフレーズはまず見当たらない。というのも、この標語が成立するのは、1933(昭和8)年ころのことだからだ(川崎賢子『宝塚』岩波現代文庫、112頁〜115頁)。

ある観客は初期の宝塚少女歌劇の持ち味を表現したフレーズとして「宝塚 無邪気な足を 高くあげ」との川柳を紹介している(船頭子「高声低声」『歌劇』1921年7月)。このように、初期の宝塚少女歌劇とその生徒を形容するキーワードとして頻繁に用いられたのは、「無垢」、「無邪気」、「可愛い」、「あどけない」、「素人」、「幼稚」、「子どもらしい」、「家庭本位」、そして「未熟」といった語であった。これらが、「宝塚情緒」や「宝塚型」を形作る要素でもあった。

たとえば、著名な音楽学者である田邊尚雄は、「雲井浪子を始めとして錚々たる立役者でも、実に清浄無垢高潔なる処女として尊敬すべきものである。東京の女優に通じて見る如き虚栄心なく、頽廃的気分なく、三十余名の学生は実に温かき一家の家庭である」とし、「清浄無垢」であることが宝塚独自の魅力だと評していた(田邊尚雄「日本歌劇の曙光」『歌劇』1918年8月)。

このようにして和洋折衷の無邪気なお伽歌劇は、未成品ながらも、西洋直輸入のグランド・オペラやほかの劇団とは異なるものと見なされて、「宝塚情緒」や「宝塚型」という独自の魅力が見出されることになったのである。

周東 美材(しゅうとう・よしき)
大東文化大学社会学部准教授
大東文化大学准教授。1980年群馬県生まれ。早稲田大学卒業、東京大学大学院修了、博士(社会情報学)。大東文化大学社会学部准教授。著書に『童謡の近代』『カワイイ文化とテクノロジーの隠れた関係』(共著)などがある。

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