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「若いがゆえに『はなもちならない生き物』だった」吉田拓郎(76)が、盟友・KinKi Kidsに贈った“言葉”

7月21日は吉田拓郎、最後のテレビ出演の日

2022/07/21
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 きょう7月21日夜8時からフジテレビ系で『LOVE LOVE あいしてる 最終回・吉田拓郎卒業SP』が放送される。

『LOVE LOVE あいしてる』はもともと1996年10月から2001年3月まで毎週土曜の夜に放送されていた音楽バラエティだ。同番組でシンガーソングライターの吉田拓郎とともにMCを務めたKinKi Kids(堂本光一・堂本剛)は番組スタートの翌年、1997年にシングル「硝子の少年」でCDデビューし、きょうでちょうど25周年を迎えた。一方、吉田は年内をもって52年にわたるアーティスト活動に幕を下ろす予定で、ラストアルバム『ah-面白かった』を先月リリースしたのに続き、テレビ出演も今回の特番が最後と決めている。

吉田拓郎 ©産経新聞社

 吉田はかなり前から、いろいろなことをリタイアしたいと考えるようになっていた。そのなかで《テレビとのお付き合いも『LOVE LOVE~』で最後にしたいな、という決心が随分前からありました。光一と剛と最後に一緒にやって、一緒の時間を過ごして、それを最後のテレビ出演とするのはどうかなと、かねてから思っていました》という(※1)。この言葉からは、吉田にとって『LOVE LOVE あいしてる』やKinKi Kidsの存在がいかに大きかったかがうかがえる。

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大のテレビ嫌いだったが…

 もっとも『LOVE LOVE~』に出演する以前、吉田は大のテレビ嫌いで知られ、ごくかぎられた番組にしか出演してこなかった。しかも同番組のスタート時点で、すでに50歳だった吉田に対しKinKi Kidsの2人は17歳と、親子ほども年齢が違い、ジェネレーションギャップを感じずにはいられなかった。

KinKi Kidsは『硝子の少年』(1997年)でCDデビュー

 そもそも『LOVE LOVE~』に吉田を引っ張り出したのは、フジテレビで数々の音楽番組を手がけてきたプロデューサーのきくち伸である。きくちは若手AD時代に携わった『夜のヒットスタジオデラックス』で吉田と井上陽水が共演するのを見て、雷に打たれたようなショックを受けて以来、いつか自分の手がける番組に吉田拓郎に出てもらうことを使命のように感じていた。

 1994年にダウンタウンがMCを務める『HEY!HEY!HEY!』をスタートさせてからは、吉田に猛アタックをかける。彼がDJを担当するFM局に通い詰め、夫人の女優・森下愛子に番組特製のテレホンカードを大量にプレゼントしたりもした。しかし、熱心なオファーに対し、吉田は自分にはいま、『HEY!HEY!HEY!』に出るためのヒット曲がないと正直に告げた。すでに名曲をいくつもつくっていたが、ヒットチャートをにぎわしている人たちが続々と出演する番組で自分だけ過去の曲を歌うのは、彼のプライドが許さなかったのだ。そのため、今後もレコードは出し続けるからチャートインするまで待ってくれと、ずっと出演を断っていたという(※2)。