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「日産って、昔はよかったね」なんてもう言わせない。ハイブリッド・電動化・自動化…日産だからこそできる価値にチャレンジし続ける

文藝春秋創刊100周年記念 トップインタビューVol.9

PR提供: 日産自動車

相次ぐ不祥事の最中、”チーム日産”を率いることになった内田誠社長。「必ず強い日産自動車を取り戻す」。その反転攻勢の戦略に新谷編集長が迫る。

内田 誠氏
日産自動車株式会社取締役
代表執行役社長兼CEO

新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長

厳しい声が相次いだ臨時株主総会 

新谷 この企画は9回目になりますが、年下の社長さんは初めてです。

内田 私は1966(昭和41)年生まれですから、二つ違いですね。

新谷 社長兼CEOに就任されたのは、2019(令和元)年12月でした。

Makoto Uchida
1966年、東京都生まれ。同志社大学神学部を
卒業後、日商岩井(現双日)に入社。2003年、
日産に中途入社し、アライアンス共同購買部門に
配属。常務執行役員、専務執行役員、東風汽車
有限公司総裁を経て、’19年12月より現職。
Makoto Uchida
1966年、東京都生まれ。同志社大学神学部を
卒業後、日商岩井(現双日)に入社。2003年、
日産に中途入社し、アライアンス共同購買部門に
配属。常務執行役員、専務執行役員、東風汽車
有限公司総裁を経て、’19年12月より現職。

内田 中国との合弁会社・東風汽車有限公司の責任者になって、まだ1年半でしたから、指名を受けたときは驚きしかありませんでした。私は新卒で日商岩井(現・双日)に就職して、37歳のとき中途採用で日産に入社したんです。過去にこだわらず、会社にバリューを与えられれば正当に評価してくれましたから、恩義があります。私にできるのであれば、喜んで恩返ししたい。覚悟を決めるしかないと思いました。

新谷 不祥事が続いて業績が大きく落ち込む、逆風の中での船出でした。2020年3月期の決算では、6712億円という巨額の赤字を計上します。

内田 経営状況が相当厳しいことは、就任してから改めて実感しました。

新谷 2020年2月の臨時株主総会が、最初の修羅場でしたね。3時間近くにわたって23人の株主から、経営責任について厳しい質問が続いたとか。

内田 当時の状況を踏まえると、そうした声が上がるのは当然だと思います。

新谷 最後に「必ず強い日産自動車を取り戻します。その責任が果たせなかったときには、クビにしていただいても構いません」とおっしゃったのが、印象に残っています。

内田 必ず再生できると信じていました。できなければ自分が社長になる意味はない、という素直な気持ちでした。

新谷 日産にすべてを捧げるという覚悟が、あの言葉で伝わったように思います。いろいろな企業の取材をすると、組織がボロボロになっていくのは社長が地位にしがみついた場合が多いです。リーダーのクビは、組織を守るためにあるはずなのに。

内田 社長の仕事とは、覚悟をもつことだと思っているんです。日産の社員は素晴らしいですから、ああいった財務状況に陥るのは経営に問題があったんです。そこでまず、上に対してものを言える文化に変えていかないと、本来の日産の強みが発揮できないだろうと考えました。

Manabu Shintani
1964年生まれ。早稲田大学卒業後、文藝春秋に入社。『Number』他を経て2012年『週刊文春』編集長。 ’21年7月より現職。
Manabu Shintani
1964年生まれ。早稲田大学卒業後、文藝春秋に入社。『Number』他を経て2012年『週刊文春』編集長。 ’21年7月より現職。

新谷 販売台数至上主義など、これはおかしいと現場が思っても、ノーと言えない雰囲気があったんですね。

内田 おっしゃる通り、短期的な利益追求に走った時期がありました。台数を追うために販売奨励金を積み、販価が下がる。結果として、ブランドのバリューを損なってしまいました。

新谷 モデルチェンジまでの車齢も上がって、魅力的な新車がなかなか出ていない状況が続きました。

内田 「日産って、昔はよかったね」と言われるのが本当に辛かったです。結果を見てから批判するのは誰にでもできるので、過去を大きく否定するつもりはありません。その時代ごとに、最善と判断した選択だったわけですから。

新谷 社内を具体的にどう変えていけばいいのかを考える上で、全国の工場や営業所を2か月かけて回って、現場の声を聞いたそうですね。

内田 社長が来るとわかれば想定問答が準備され、工場で見たい場所があっても歩くルートが決められてしまう。自由にものを言える文化にすることが目的なのに、それでは本当に何が起こっているかわかりません。

「答えられなければ答えられないと言うし、わからなければわからないと言います。皆さんが思っていることを正直に聞かせてください」と言うと、次第に胸襟を開いてくれました。

新谷 印象に残っているやりとりはありますか。

内田 厳しい言葉を予想したのですが、「日産のブランドを回復させて、お客さまから信用を得るために、我々ができることは何かを教えてくれ」という言葉をたくさん聞きました。現場の声って、8割は正しいんですよ。上の者の仕事は、現場の声に耳を傾けるキャパシティを常に心掛けて、残り2割の方向性をガイドすることです。会社をどうにかしたいという従業員の気持ちが背中を押してくれたことも、私が株主総会であのように言えた理由です。

今年4月、横須賀市にある総合研究所を訪ねた内田社長。現場の声を大切にする。人の話が聞けるキャパシティを常に空けておく。それが内田社長のポリシーだ。
今年4月、横須賀市にある総合研究所を訪ねた内田社長。現場の声を大切にする。人の話が聞けるキャパシティを常に空けておく。それが内田社長のポリシーだ。

傷ついたブランドを回復させる

新谷 2020年5月に、事業構造改革計画「Nissan NE XT」を発表されました。

内田 この会社を本気で成長させるためには、何がサステナブルなのかという選択と集中をきちんとしなければいけないと考えました。事業構造の改革ですから、財務的な数値は大切です。しかし一番の課題は、毀損したブランドを回復させ、販売の質を向上させ、日産の価値をお客さまに認めていただくことです。そのために、日産らしい新車を18か月で12モデル投入すると決めました。

新谷 そのうちのひとつが、独自のハイブリッドシステム「e-POWER」を搭載したノートですね。大好評で、日本カー・オブ・ザ・イヤーも受賞しました。

内田 こういう車を待っていたと言われて、嬉しかったです。次のステップとして日産がどんな会社になりたいのかを内外に示したのが、昨年11月に発表した長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」です。

新谷 ここで力を入れているのは、どんな部分ですか。

内田 まず電動化の推進で、今後5年間で約2兆円を投資します。2030年度までに投入する23モデルの新型電動車のうち、15モデルは電気自動車です。そこに欠かせない全固体電池を、2028年度に製品化します。我々には、12年前に量産型電気自動車リーフを作った経験と、30年以上にわたり蓄積した電池技術のノウハウがあります。

新谷 現在のリチウムイオン電池より、航続距離が長くて安全性も高く、充電時間は短くて済むそうですね。

内田 自動化では、高速道路で同一車線内ならハンズオフが可能な先進運転支援システム「プロパイロット2.0」が、すでに複数の車種に搭載されています。先日公開したセンサーで物体との距離を測定する「LiDAR(ライダー)」と呼ばれる技術を実用化できれば、事故の発生要因を大幅に減らせます。そうすると、高齢化社会における移動の手段が広がります。

 ただしKPI的なアドバルーンは他社も掲げるわけで、裏にある意味が重要です。先の見えない時代ですから、まずは社内に向けて、この先の日産がどうあるべきかを腹落ちしてほしかったんです。

新谷 2021年度の決算は、2155億円の純利益。通期では3年ぶりに黒字が出ました。

内田 はい。しかし私にとっては、日産の価値を認めていただき、お金を払ってもいいと考えてくださるお客さまが増えたことこそ重要です。従業員の自信や誇りにつながりますし、売上の質がよくなければ、サステナブルになりません。

新谷 5月に発表されたEVの軽自動車「日産サクラ」も、大変な売れ行きですね。

内田 国内市場の4割を占める軽の市場に、お客さまの手が届く形で電気自動車を投入することで、その利便性を知っていただきたい、というのが願いです。性能も上質なインテリアもかなり頑張りましたし、トルクも従来の軽の2倍近くあります。「これが軽なの?」という乗り心地をご堪能いただけますよ。

新たに登場した新型軽EV「日産サクラ」。軽自動車独自の小回り性能に加え、「日産リーフ」の開発で培った電動化技術をフル投入。EVならではの高い静粛性や力強く滑らかな加速を堪能できる。
新たに登場した新型軽EV「日産サクラ」。軽自動車独自の小回り性能に加え、「日産リーフ」の開発で培った電動化技術をフル投入。EVならではの高い静粛性や力強く滑らかな加速を堪能できる。

新谷 一方で、ルノーとの関係や三菱自動車も含めたアライアンスについて、いろいろ報じられています。

内田 経営統合するんじゃないかとか、逆に離婚寸前だとか(笑)、憶測報道もありました。しかし自動車業界が大きく変革し、カーボンニュートラルに向けて企業価値を示す社会的な責任が増す中では、アライアンスのアセットを個社の成長にどう繋げて、ひいてはアライアンスの成長にどう繋げていくかが大切です。

 端的に言えば、ルノーにとってはルノー。三菱にとっては三菱。私にとってみれば、日産の成長が第一。これが大原則です。各社の独自性を重んじているから、20年以上もアライアンスが続いてきたんです。

新谷 内田社長はお若い頃からクルマ好きで、初めて乗ったのは名車と呼ばれたフェアレディZ32だそうですね。

内田 社会人になって、ローンが組めると思った瞬間に買いました。嬉しくて、洗車ばかりしてました。時間をかけて洗車するほど、車のプロポーションやデザイナーのこだわりがわかりますから。

最終的に、ブレないことが大事

新谷 社長に就任されてからは、コロナ禍、半導体不足、ウクライナでの戦争、昨今の円安と、有事の連続です。

内田 毎朝、目が覚めると「俺、日産の社長だったんだ」って思うんですよ。日産の社長であることが当たり前という感覚ではなく、「13万人を超える従業員がいるグループの社長だ」と毎日リセットすることが、自分の中で重要です。

 私は就任から、ずっと同じことを言い続けています。日産の個々人の能力は非常に高い。経営の役割はその力を最大限引き出すこと。「内田はまた同じことを言ってる」と思われたいんですよ。たとえ失敗しようとも、ブレないことだと思うんです、最終的には。

新谷 「日産らしさ」という言葉を、よくお使いになりますね。

内田 これは永遠のテーマです。私は入社から20年も経ちません。歴史を知らずして現在を変えると唱えるのはおこがましいので、OBの方々に「皆さんの時代において、日産らしさとは何だったか教えてください」とお尋ねしています。お答えから感じるのは、いつの時代も自由闊達な会社だったということです。

 自由でイノベーティブな発想をもち、多様性を重んじる会社だから、フェアレディZのように尖ったスポーツカーから、アリアみたいにワクワクする四駆のEVや、サクラみたいなゲームチェンジャーになりうる軽のEVまで作れるんです。そうした日産らしさが、お客さまと社会から必要とされる会社であり続けたいと考えています。


Text: Kenichiro Ishii
Photograph: Miki Fukano

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