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未解決事件を追う

2022/08/21

猟奇的犯行に及んだ矢野の人物像

 猟奇的な犯行に及んだ矢野とは、どんな人物だったのか。

 1976年4月に山口県下関市で生まれた矢野は、タバコ店やクリーニング店を営む両親、弟と4人暮らしだった。近隣住民の印象は薄く、「おとなしい子だった」との評があるのみである。

 中学校を卒業後、福岡県北九州市の私立高校に進学。同校の理系の特進コースに在籍した彼は、九州工業大学情報工学部の夜間部に入学するも中退している。

 大学時代にバンド活動をやっており、担当はドラム。大学を中退した理由もバンド活動に打ち込むためだったようだ。矢野が09年4月から始めた会員制交流サイト「ミクシィ」で、彼は自らのハンドルネームを「dr.よしゆき」としていた。「dr.」とは、ドラマーを意味しているものだと思われる。

「ミクシィ」内で、矢野はいかにもビジュアル系といった茶髪でロン毛姿のプロフィール写真を公開。

〈プロフ写真は26歳の頃のものです。釣りで掲載してます。サーセン。最近は黒髪、短髪、日焼けしてる上にかなり太ってしまった為、見た目は別人です〉と記している。

 しかし彼は、バンドマンの夢を閉ざす病気を患ってしまう。「ミクシィ」には次のようにある。

〈25歳の時に左手にジストニアが発症。ドラムやピアノの演奏を始め、左手での細かい作業ができなくなりました。(略)まだ楽器が演奏出来るところまでは至っておりません〉

 02年に筋肉がこわばるジストニアという難病を患ったことで、演奏に支障をきたすようになり、バンドは解散。失意の矢野はその後、上京を果たす。そして04年、東京都杉並区などの路上で強制わいせつ事件を起こしたのだった。

被疑者は「自殺」なのか

 懲役を終えると、地元の下関市に戻り、コンビニやラーメン店でアルバイトをしながら、09年4月末から同市の住宅設備会社で働くことになる。そこで益田市に住みながら、ソーラーパネルの営業をするようになったのだ。ちなみに営業の担当区域には、事件現場となった浜田市も含まれている。

 事件の少し前、矢野が会社の先輩と訪れていたカラオケ店主は話す。

「疲れた様子で、一人で廊下に座っていました。一点を凝視していて、目の前を女の子たちが通っても、その年頃の男性のように目で追ったりしないのが不思議でした。『彼女とかいないの?』と話しかけると、『この町にはいい女がいないんで』と。強気だなあと思う反面、自分から女の子に声をかけられない、内気な印象を受けました」

 矢野の死亡事故について、前出の元捜査関係者が続ける。

「多くの捜査員は、遺体発見に動揺した矢野が、母親を巻き込んで自殺したと考えています。事故直前、周囲に『父親の墓参りに行く』と説明していますが、矢野のミクシィには3カ月前に、家の近くで墓参りを済ませたことが書かれており、嘘をついていたと見られています」

写真はイメージ ©iStock.com

 山口県に住民票を置き、同県で事故死をしたからといって、島根・広島両県警の合同捜査本部が性犯罪の前科がある真犯人の特定に7年もの年月がかかったことには、当然ながら疑問の声が上がっている。

 書類送検後の記者会見で捜査幹部は、「現段階で無駄な捜査は一つもなかったと考えている」と語るのみだ。

 この4月(2021年)、私はHさんの実家をふたたび訪ねた。そこで祖父に7年かかった捜査について尋ねると、絞り出すように語った。

「いまでも孫の話はしとうないんや。やっぱし思い出すけんな。きちんと捜査をしてくれとると思わなんだら(思わないと)、どうにもやりきれんようなるけん」

 紛うことなき遺族の本音だった。

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