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上海での『不倫』についての明確な回答はせず

 上海不倫旅行疑惑についてはどうか。全国紙司法担当記者が解説する。

「長崎氏は18年に、週刊誌記事の基となる告発文書をばら撒いた元支援者の男性を名誉毀損で提訴しました。結果、『文書の内容は真実と認められない』との判決がくだされ勝訴しています。ただ、裁判では『裏金』の真偽確認に大半の時間を割いていて、『不倫』についてはほぼ言及されていません。支持者に配った文書でも、記事の眼目の一つである上海での『不倫』については、コンサルティング業での視察だったと言っており、顧問先との守秘義務を理由に明確な回答をしていません」

 この名誉毀損裁判の第12回口頭弁論では、長崎氏自身が本人尋問に出廷している。速記録には「(元支援者の男性が)私が女性秘書と浮気をしていると、根も葉もない話を、さもありなんという感じで話しをされたと承知しております(一部中略)」との発言が残されている。

昨年12月、議会に出席する長崎幸太郎氏 ©上田康太郎/文藝春秋

「不倫の口止め料として月々20万円をもらっていました」

 再び山梨県政担当記者が引き取る。

「記事の出た翌17年の衆議院議員選挙では、3度目の直接対決となった因縁のライバル・堀内詔子氏に敗れ、長崎氏は落選の憂き目を見ています。しかし浪人期間を経て19年の山梨県知事選に出馬、見事当選を果たしました。来年1月に控える知事選にも立候補の予定で、再選を目指していると目されています」

県知事選に当選し万歳する長崎氏。隣は智香子夫人。 Ⓒ共同通信社

 国政では辛酸を舐めたものの、山梨県政に華麗に転身。名誉毀損の裁判では無事勝訴もおさめている。順風満帆の状態で山梨県政を牛耳る長崎氏に降って湧いたのが、冒頭の離婚裁判である。

 訴状に書かれた衝撃的な一文を再び引こう。

「不倫の口止め料として月々20万円をもらっていました」

 山梨県内在住の40代の夫・Aさんが原告となり、40代の妻・Bさんを相手取って始まった離婚裁判。Aさんは、Bさんが過去に不貞行為を働き、そのことについて嘘をつき続けてきたと主張。もはや夫婦関係の継続は困難ゆえ離婚を求めているという。山梨県政関係者が声をひそめる。