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「コートそれしか持ってないの?」から始まった、私と福留孝介さんの8年間

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/09/19
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 今月某日。めったに鳴らないスマホの着信音が鳴った。画面を見ずとも誰からかなんとなく悟った。この時期だもん。気にならないはずはない。表示はやっぱり“福留孝介さん”だった。

「元気してるか?」

 明るい声が余計に寂しさを感じさせる。続きを聞きたくなかったので、どうでもいい自身の近況を報告する。一度間ができたところで、すかさず本題に入られてしまった。

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「引退することにした! お世話になったな! とりあえずそういうこと!」

 “インタイ”の一言だけが頭の中でぐるぐると回る。要件はわかっていたはずなのに。約2分の通話を終え、取材させてもらった8年間が走馬灯のように思い出された。

阪神時代の福留孝介 ©文藝春秋

最初にかけられた言葉は「コートそれしか持ってないの?」

 私が阪神タイガースの担当リポーターになったのは2015年シーズンから。プロ野球の取材自体が初めてで、毎日球場に行き手裏剣のように名刺を配っては挨拶に回った。今ではスポーツ紙にも女性記者が増えたが、当時の虎番記者に女性はほとんどいなかった。地味が売りのアナウンサーだったが、女性というだけで目立っていたのかな。毎日同じ、地味な茶色のコートを着て甲子園の通路に立っていると福留さんが声をかけてくれた。

「コートそれしか持ってないの?」

 本当はもう1着持っていたが、「はい!」と答えた。見事にスルーされた。初めての会話はこれだけ。とりあえず、翌日以降も同じ茶色いコートで甲子園へ通った。

 甲子園で取材可能な動線は長くない。準備をしておかないと、わずかなチャンスを逃してしまう。その一方で、シーズンは年間143試合もある。その時のチーム状況や個人成績によっては「声をかけに行かない方がいいな」という日もあった。それは表情や歩き方などの空気で察する。選手にとっての大事な時期に無理な取材はしない。言葉でなく背中で教えてくれたのも福留さんだった。

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