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2022/09/11

 三谷さんと知り合って約38年になる。知り合った頃、三谷さんは大学生でテレビの放送作家もやっていた。僕が彼と初めて会ったのはTBSの深夜番組の見学に行った時のこと。TBSの廊下で僕の前にいきなり現れると、僕をじーっと見ていた。僕は三谷さんの履いていた、その時代には珍しいブーツをじーっと見ていた。その後三谷さんがあのブーツを履いているのを見たことは一度もない。

「コメディを、コメディっぽくやらない」

 それから何カ月かして三谷さんから「舞台に出てみないか」と電話がかかってきた。たしか、すぐに「やります」と返事をしたような。当時の劇団員はみんな日本大学芸術学部で三谷さんと同級生であったが、他の皆、卒業と共に就職で劇団を去ってしまった。あの頃、三谷さんが時折電話してきては「善は凄いよ」とか言っていたのは、僕が役者一本で上京して来たからだったと思う。それから劇団解散まで10年間、苦楽を共にした……主に苦労したのは三谷さんの方だが。

小栗旬演じる北条義時(右)と中川大志演じる畠山重忠 ©NHK

 三谷さんにTVドラマの仕事が入ってくるようになると、そのたびに脇の役で劇団員を起用してくれるよう頼んでくれていた。その恩恵に僕も幾度となくあずかり、劇団解散後も映像の仕事が頂けるのはそのお陰である。

 当時、三谷さんから書いてみたい物語のいくつかを聞いたことがある。そのなかで僕が一番楽しみにしていたのは、深夜ドラマ案の「ビバ! 新選組」。とはいえ最初はなかなか思い通りには書かせてもらえない。書き直しやカットなど悔しい思いは何度もあっただろう。でも、今になって思い返してみると三谷さんて諦めない。あの頃も、あの時も、三谷さんは絶対に諦めなかったんだ。同級生の劇団員がいなくなった後もなんとか役者を集めて、やがて日本で一番チケットの取りづらい劇団となった。

 ドラマ『王様のレストラン』のプロデューサーからこんな話を聞いたことがある。

「三谷くんは第1稿で却下したエピソードを、次の回でまた手を替えて書いてくる」

 そうやって粘り勝ちで採用されるのだという。ついには深夜枠ではなく“ビバ!”もなくなってしまったけれど、NHK大河ドラマ『新選組!』を実現してしまった。

「善児」がトレンド1位に ©NHK

 昔、三谷さんから芝居の稽古中に「コメディを、コメディっぽくやらない」と言われた。与えられた台詞をリアルに演じる。例えば、本当に困っているのであれば、本当に困っている気持ちをもってやる。56歳の今でも大切にしている言葉である。

 今、三谷さんは大好きな大河ドラマで縦横無尽に執筆し! 初っ端の第1話から「首チョンパ」なんて台詞が飛び出してくる。そして僕は、架空の人物・善児として、鎌倉時代をのたりのたりと駆け回らせて頂いたのであった。

 梶原善さんによる「三谷さんと善児と出会うまで」は、「文藝春秋」2022年10月号「巻頭随筆」と「文藝春秋digital」にも掲載されています。 

INFORMATION

第35回「苦い盃」(9月11日放送)のあらすじ
 源実朝(柿澤勇人)の妻になる後鳥羽上皇(尾上松也)のいとこ・千世(加藤小夏)が鎌倉へ到着。政子(小池栄子)らが出迎えるが、愛息・北条政範(中川翼)の凱旋を心待ちにしていたりく(宮沢りえ)は失意に沈んでいた。そんな中、娘婿・平賀朝雅(山中崇)が畠山重忠(中川大志)の嫡男・重保(杉田雷麟)への疑惑をりくに告げる。一方、朝雅の振る舞いについて重保から相談された義時(小栗旬)は、父・時政(坂東彌十郎)に…

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