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最初の出会いで交わした会話の詳細な記述や、安倍氏に2度目の総裁選の出馬を促す際のエピソードなど、本人の個人的エピソードがふんだんに織り込まれていた。「焼き鳥屋」「3時間後」といったディテールや、繰り返し、「『日本よ、日本人よ、世界の真ん中で咲きほこれ』と言う口癖」といったやや演劇調の言葉遣いは安倍氏の海外での情感のこもったスピーチでよく使われたレトリックでもある。

そして、クライマックスが、

「衆院第1議員会館1212号室のあなたの机には読みかけの本が1冊ありました。岡義武著『山県有朋』です。ここまで読んだという最後のページは端を折ってありました。そしてそのページにはマーカーペンで線を引いたところがありました。

印をつけた箇所にあったのは、いみじくも山県有朋が長年の盟友、伊藤博文に先立たれ、故人をしのんで詠んだ歌でありました。いまこの歌くらい、私自身の思いをよく詠んだ一首はありません。

かたりあひて 尽しゝ人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ」

という下りだ。

「そこに愛はあるんか」追悼文の格差はこれに尽きる

「かたりあひて」の一文はあえて、繰り返している。安倍氏との深い仲だからこそ、知りえた、出来過ぎとも言えるエピソードだ。

菅氏の決して流暢ではないが、とつとつと情感を込め、時折感極まって、声を詰まらせるシーンも、周囲の涙を誘った。

スピーチ中の「天はなぜよりにもよってこのような悲劇を現実にし、命を失ってはならない人から生命を召し上げてしまったのか」という言葉には、「安倍氏だけが、命を失ってはならず、ほかの人の命はどうでもいいのか」と違和感を覚えた人もいたが、これは、菅氏にとっては、まるで家族のように「愛していた」人を失った悲しみ故の「行き過ぎた」表現だったのかもしれない。

菅氏の追悼の辞は、まさに「女房役」として、支え続けた人への最後の「恋文」だった。

「そこに愛はあるんか」

岸田氏と菅氏の追悼の言葉の重みの隔たりはそこに尽きるのではないだろうか。