昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

NHK大河ドラマでは描きづらい…「癒やしキャラ」の和田義盛が北条義時に受けたむごい殺され方

source : 提携メディア

genre : エンタメ, 歴史, テレビ・ラジオ

鎌倉幕府を支えた13人の有力御家人の一人、和田義盛とはどんな人物なのか。歴史評論家の香原斗志さんは「NHK大河ドラマでは『癒やしキャラ』としても人気だが、政権を争う北条義時の挑発にのってしまい、一族もろとも滅ぼされてしまった。その殺された方はむごいものだった」という――。

和田義盛(画像=『前賢故実』/菊池容斎/PD-Japan/Wikimedia Commons)

癒やしキャラ和田義盛の壮絶な最期

陰謀渦巻き、権謀術数あふれ、要人が次々と命を奪われていく『鎌倉殿の13人』は、歴代のNHK大河ドラマのなかでもとりわけ暗い。そんななかで癒やしキャラを一身に引き受けているのが、横田栄司演じる和田義盛である。

まるで達磨のようにあごひげを生やし、常に着物の袖や裾をまくり上げて、朴訥として田舎者丸出しだが、それが「かわいい」と評判なのだ。

ドラマのなかでも、3代将軍実朝が気分転換に出かける先は、和田義盛邸と決まっている。

そして、実朝に「親しみを込めて『武衛(宮城の警備を司る兵衛府とその官職の中国風の呼び名)』と呼んでいいですか?」と、間抜けな問いかけをし、実朝から、武衛とは親しみを込めて呼ぶ呼び名ではないし、それに自分の官職は「いまはそれより上の羽林(近衛府の中国府の呼び名)だ」と言われると、さっそく「参りましょう、ウリン!」と応じる。

そんな、観ていてつい微笑んでしまう場面が多い。だれもが疑心暗鬼になっている鎌倉で、義盛だけが唯一、清涼剤と呼べるような存在として描かれ、視聴者を「癒やし」ている。

しかし、その「かわいい」と評判の「癒やしキャラ」が、謀略の末に殺された比企能員や罪もないのに滅ぼされた畠山重忠と比較にならないほど、凄惨(せいさん)な最期を遂げるのだ。

北条義時に警戒されたきっかけ

きっかけは承元3年(1209)5月、和田義盛が実朝に、上総介(上総国の国司筆頭、つまり長官。他国では“守”が長官だが、親王が守を務める上総で“介”が長官)に推挙してほしいと願い出たことだった。

実朝から相談を受けた政子は、源氏以外の御家人が国司になることは、頼朝の時代から禁じられているからと反対した。しかし、納得がいかない義盛は、大江広元にも嘆願書を出している。