942年の創立以来、80年にわたり「経営革新の推進機関」として、産業界の発展を支え続けてきた日本能率協会。未来予測が難しい状況が続く今、その役割はさらに重要なものとなっている。

右:俳優 紺野美沙子
紺野 協会創立八十周年、おめでとうございます。
中村 ありがとうございます。
紺野 日本能率協会が創立されたのは、一九四二(昭和十七)年とのことですが、「能率」というネーミングがユニークですね。
中村 実は戦前から、日本では「能率運動」というのが展開されていたんです。

1980年NHK連続テレビ小説「虹を織る」のヒロイン役で人気を博す。女優として活躍する傍ら、UNDP親善大使としても活動中。2010年から「紺野美沙子の朗読座」を主宰。2022年からは横綱審議委員を務めている。
紺野 能率運動?
中村 一九〇〇年代の初頭、アメリカから入ってきた科学的管理法で、経営資源の最大化をめざすマネジメントの手法です。人の能力、設備の性能、材料の機能、そういったものを最大化して、いかにいい製品を、いかに生産性良く、いかに短期間で作り出すか、ひとつのロジックになっているんです。それが当時の日本にマッチしたんでしょう、「能率」という日本語に翻訳されて、広がっていったんです。
紺野 わたしたちが普段使っている「能率がいい、悪い」というのとは、少しニュアンスが違うんですね。
中村 マネジメントの考え方なんです。そして太平洋戦争の真只中、当時の商工大臣だった岸信介氏の斡旋で、日本能率連合会と日本工業協会の二大能率団体が統合し、日本能率協会が誕生したわけです。
人材育成から、温室効果ガスまで
紺野 いま協会の事業内容というのは、どういうものがあるのでしょうか?
中村 大きくわけて四つです。ひとつはセミナーや研修による「人材育成・組織開発」、二つめは技術研修やシンポジウムによる「ものづくり支援」、三つめは専門展示会開催による「産業振興」、四つめは食品の安全性などをチェックする「ISO審査」や温室効果ガス排出量・吸収量の「第三者検証」も行っています。
紺野 温室効果ガスまで手掛けているんですか?
中村 カーボンニュートラルは、企業にとって避けて通ることのできない課題ですからね。ただ、それをどういう形でやっていくのか、一社では難しいところがあるんです。いま協会の会員企業は千三百社ぐらいですが、カーボンニュートラルは、みなさん共通の悩みですね。
紺野 その悩みに、協会として対応していこうと。

1953年生まれ、東京都出身。1975年、社団法人日本能率協会に入職。その後、理事 産業振興本部長、理事 経営・人材革新事業本部長などを経て、2009年、理事長に。2016年6月、一般社団法人日本能率協会会長に就任。2020年春、藍綬褒章受章。
中村 はい。協会の実質的活動というのは、人事や開発、生産といった分野別の評議員会と地域別の評議員会が担っています。評議員だけで、いま二百名くらいですか。企業の現場責任者の方に入っていただいて、それぞれの分野での課題を出していただき、それに即した事業活動を提供していこうというものです。そこには当然カーボンニュートラルも出てきます。
そこで、それぞれの会社がどのような取り組みをしているのか、評議員会で発表していただいて、自分たちで有効に使えるものがあれば、情報を共有して進めていこうという取り組みをしています。
紺野 みんなで知恵を出し合おうというわけですね。
中村 協会には昔から「集団天才」という言葉があるんですよ。一人でできることなんて限られている。そうではなく、それぞれ得意な分野の人間が集まって、多様な知恵や発想を組み合わせることで、よりよい対応策を見つけることができる、という考え方です。
紺野 三人よれば文殊の知恵。
中村 そうです。でも、壁を取り払って、イコールパートナーとして対話ができる機会や場というのは、意外と少ないんですよ。それを提供するのが協会の役割だと思っています。
紺野 特に中小企業のみなさんは、そういう場があるだけでも心強いでしょうからね。
日本の再生・復興は「人づくり」から
中村 東京ビッグサイトなどで年間三十数本実施している展示会事業も、ある意味、中小企業の振興事業なんです。
紺野 ニュースなどでも紹介されるフーデックス(国際食品・飲料展)は、日本能率協会さんが主催されているんですね。


中村 中小企業のみなさんにとって、展示会というのが一番説得力のある商品説明の場なんです。実際に見てもらって、触れてもらって、試してもらうことで、ビジネスチャンスにつながる。大きな企業であれば、いろいろなメディアを使ってプロモーションができるでしょうが、中小企業ではなかなかそういう余裕はありませんからね。
紺野 今日、会長さんにお会いするということで、事前に協会の歴史を拝見したのですが、まだ戦後間もない一九四七年に第一回生産技術者講習会というのを開催されていますよね。

中村 日本の再生・復興のためには、まずは「人づくり」から、と先達たちは考えたんでしょう。そこで、技術者養成のための講習会を開催したんです。今われわれが手掛けている教育事業や産業振興事業はそこからつながっているわけですが、今でも最も力点を置いているのは、「人づくり」です。
ノウ・ハウではなく、ノウ・フーの組織
紺野 わたしがお手伝いしているUNDP(国連開発計画)の活動とすごく似ている点があります。UNDPは主に途上国百七十の国や地域で活動しているんですけれども、基本的に人間開発の援助活動なんです。
キャパシティビルディングといって、一人一人の能力を積み重ねていくことによって生きるための選択肢を増やしていく。それはほんとに草の根レベルの、それこそ識字の活動とか、たとえば女性の地位向上のためにミシンの使い方講習をするとか、生きていくための基本的な技術を身につけるということなんです。でも、人づくりという意味では、基本的なところは一緒ですね。
中村 個人の能力の向上をめざすということですね。人材育成にはトップマネジメント研修というのもあって、新任社長セミナーや新任取締役・執行役員セミナーが人気なんですよ。

紺野 トップの方も研修を受けるんですか?
中村 カルチャーがまったく違う企業トップが合宿して、テーマ出しして、それについてディスカッションして、とかなり中身の濃いものなんです。そこで、今まで自分になかったことに気づいたり、トップとして絶対身につけなければいけないファクターに気づいたり、というのがあるんです。
紺野 会社に入ると、自分たちの価値観だけで動いてしまいますから、どうしても固まってしまいますよね。
中村 それをどうばらすか、なんです。人を知ることによって世界は変わるし、人を知ることによって価値観も変わるし、人を知ることによって、また新しいビジネスも生まれる。だから、日本能率協会は人と人をつなぐのが役割で、ノウ・ハウ(HOW)よりはノウ・フー(WHO)の組織なんですよ、とよくお話しさせていただくんです。
紺野 「人と人」「人と組織」「組織と組織」をつなぐ架け橋ですね。大変興味深いお話でした。今日は有難うございました。
photograph:Nanae Suzuki
hair & make:Eriko Kanada
design:Takayoshi Ogura

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