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genre : ライフ, 歴史, 働き方

前回の代替わり、家康が亡くなって秀忠の親政が始まるや、福島正則、出羽最上家といった大大名が次々と改易されて、諸国を震撼(しんかん)させたことが脳裏をよぎります。もし親政への昂りからまた改易騒動が引き起こされるとしたら、その材料に関ケ原が使われるとしたら――。

いざ、家光へのご進講が始まり、宗茂が関ケ原に関する自身の経験や考えを開陳する中、ふたりの論議はある結論に至ります。

豊臣方だった老将から見た関ヶ原の戦い

決戦の勝敗を分けた要因は、やはり、西軍の毛利が戦況を傍観し、結局は戦場に出なかったことが決定打ではなかったか。

毛利はなぜ、総帥の輝元が総大将として大坂城に入りながら、前線指揮官の吉川広家が家康に寝返ったのか。

この広家の裏切りを、同じ前線にいたもう一人の大将の毛利秀元、一時は輝元の養子となって本家を継ぐはずだった気骨の武将が、なぜ、容認してしまったのか。

二人は、当の秀元を御前に呼び出し、その疑念を質すことにいたします。

これは、毛利家には相当に厄介な話でした。家康に歯向かった家として、改めて、何か言いがかりをつけられるのではないか、返答如何によっては、重大な危機に陥る恐れもあるからです。

しかし、将軍家の呼び出しを断ることは許されません。

恐る恐る御前に現れた秀元は、家光の熱い思いに抗しきれず、遂に、いままで語ることのなかった決戦前夜を語り出します。徐々に「関ケ原」の真実が明かされてゆく――。ここは法廷ミステリのような描き方を試してみました。

将軍家の厚遇に報いる道を探し求める

歴史は謎に満ちています。なかでも、史上最大の合戦であった関ケ原は、いまなお多くの歴史学者や愛好家によって、さまざまな絵解きがなされています。

私自身、関ケ原に関してずっと疑問を抱いていた点もあり、今回、多数の資料に目を通し、積年、興味を抱き続けてきた「天下分け目」の謎に挑んでみました。結果、ある結論に至ったことも、書いていてとても興奮したできごとでした。さて、多くの関ケ原ファンにどう読んでいただけるか、怖くもあり、楽しみでもあります。