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最後の言葉は「はいよ、じゃあね」 仲本工事の“妻”三代純歌が語った事故当日

最後の言葉は「はいよ、じゃあね」 仲本工事の“妻”三代純歌が語った事故当日

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 10月18日の午前9時過ぎに交通事故に遭い、翌19日、急性硬膜下血腫で亡くなったザ・ドリフターズの仲本工事(享年81)。仲本の内縁の妻で演歌歌手の三代純歌(54)が「週刊文春」の直撃に応じ、事故当日の仲本の様子について語った。

10年間連れ添った“妻”の純歌

事故当日、2人で今後の話を自宅でする予定だった

 純歌は昨年7月頃から、夫婦で営んでいた居酒屋と自宅のある東京・目黒区を離れ、横浜市内で別居していた。事故の5日前には、「週刊新潮」が純歌に関して、〈ドリフ「仲本工事」を虐げる27歳下「モンスター妻」〉というタイトルの記事を掲載。仲本は落ち込む純歌を「気にすることないよ。わかってる人だけがわかってくれりゃいいんだよ」となぐさめていたという。

温厚な性格で誰からも愛された

 純歌が語る。

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「だけど、私も仲本さんもさすがに色々嫌になっちゃって。『もうお店も閉じて、芸能活動も辞めて、庭付きの一軒家でも探して新しい生活を2人でしよう』なんて話し合っていた。それで、(仲本の)事務所の社長にも相談に乗ってもらい、あの日も2人で今後のいろんな話を横浜の私の自宅でする予定だったんです」