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取巻き連中から「先生、先生」と持上げられている三島を見て、「ふん、何が天才だよ!」と反感を抱いたのである。

「お願いだから、三島先生の御機嫌をとってくれよ」

明宏は、しぶしぶ三島のとなりに座った。

「なにか飲むか?」
「芸者じゃありませんから、結構です」
「可愛くない子だな」
「ぼくは綺麗だから、可愛くなくてもいいんです」

ナルシストを自認する三島が、この言いぐさには唖然とした。

「もうよろしいですか? あんまり見られて穴があく前に帰ります」

明宏はさっと席を立った。

須臾(しゅゆ)の間ではあったが、強烈な印象を残した。小生意気で小憎らしくて、妖しいまでの美少年。三島の脳裏には、明宏の姿が鮮やかに刻まれた。

江戸川乱歩も初対面で贔屓に

「ブランスウィック」の常連客の一人に江戸川乱歩がいた。

男たちが軍服を仕立て直して着ていた時代にあって、乱歩のお洒落は際立っていた。良質の純毛のチェック柄のジャケットを着用して、色は茶系で統一していたという。明宏は、かねてより『屋根裏の散歩者』『人間椅子』『陰獣』『押絵と旅する男』などの乱歩作品を愛読していた。

乱歩に紹介された刹那、明宏は自分が気に入られたことがわかった。

「ねえ先生、明智小五郎って、どんな人?」
「腕を切ったら青い血が出るような人だよ」
「まあ、なんて素敵なこと!」
「へえ、そんなことが君わかるの。面白い、じゃあ、君は切ったらどんな色の血が出るんだい?」
「ええ、七色の血がでますよ」
「おお、面白い、珍しいじゃないか。じゃ、切ってみようか。誰か包丁持ってこい!」

興がのった乱歩は、本当に切りかねなかった。

「およしなさいまし。切ったらそこから七色の虹が出て、お目がつぶれますよ」

明宏の当意即妙(とういそくみょう)の口舌に、眼疾を患っていた乱歩は、「両方ともつぶれちゃったら大変だ」

と冗談をいった。

「君、幾つだい?」
「はい、十六です」
「ほう、十六でその台詞かい。とんでもない面白い子だねえ」