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がん治療の最先端を歩く 光免疫治療、ゲノム医療、創薬、手術支援ロボット……医師が治療法をつくる

2022/11/28

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がん治療はもはや「手術」「抗がん剤治療」「放射線治療」という3大治療にとどまらない。千葉県柏市にある国立がん研究センター東病院では、世界トップレベルの臨床と研究に携わる名医たちが、最先端の「がん先進医療」を切り拓くべく奮闘している。明日のがん治療はどこに向かっていくのか?

 取材・文◎森 省歩

 Part 1
病気を治すだけでは名医とはいえない! 新しい治療法をつくってこそ日本を代表するがん病院だ

大津 敦
国立がん研究センター東病院
病院長
おおつ・あつし 1983年東北大学医学部卒業。専門は消化器内科。86年から国立がんセンター病院内科レジデント。92年から国立がん研究センター東病院へ。内視鏡部消化器科、臨床開発センター長、先端医療開発センター長を経て、2016年から現職。

 世界トップレベルの「がん治療」を提供している国立がん研究センター東病院は、最先端の「がん先進医療」を世に送り出す世界屈指の研究開発拠点としても知られている。

 世界トップレベルの臨床と研究。同病院の大津敦病院長は、このミッションを前進させるための基盤整備や体制整備を一貫して指揮してきた立役者でありキーマンである。

「私は『これからの医師は、優れたフィジシャン(臨床医)であるとともに、優れたサイエンティスト(研究者)でなければならない』と主張してきました。当院のレジデント(研修医)らに対しても、『3年のうち半年から1年は基礎研究部門を回ってこい』と命じてきたのです」

 なかでも、がん先進医療の研究開発分野における、ここ10年の進展には目覚ましいものがある。2013年に初代センター長として「先端医療開発センター」を立ち上げた大津病院長は次のように振り返る。

「東病院は2011年に国の早期・探索的臨床試験の拠点、翌年に革新的医薬品・医療機器・再生医療製品実用化促進事業の拠点に指定され、2015年には臨床研究中核病院にも選定されました。その結果、世界のトップジャーナル(科学・医学雑誌)に当院発の論文が数多く掲載されてきたほか、新たな先進医療を患者さんに届けるための医師主導治験の数も50件以上に上っています」

 以下、東病院の4人の「フィジシャンサイエンティスト」による最先端の取り組みを紹介していきたい。

Part 2
光感受性物質と結合する薬剤と近赤外光でがん細胞を破壊する治療

土井俊彦
国立がん研究センター
先端医療開発センター長
東病院 先端医療科 科長
どい・としひこ 1989年岡山大学医学部卒業。国立病院四国がんセンターから、2002年に国立がん研究センター東病院へ。消化器内科長を経て、現職。早期新薬開発、再生医療、バイオマーカー探索や画像解析などの先進医療に取り組む。

「がん光免疫療法(アルミノックス療法)」は、手術療法、化学療法、放射線療法、免疫療法に続く「第5のがん治療」と言われている。

 東病院でこのがん光免疫療法に対する治験が開始されたのは2018年。その後、同療法は2020年9月に世界で初めて国内承認され、頭頸部がんに対する保険診療がスタートしたが、これらの一連の取り組みを主導してきたのが、東病院先端医療科長で先端医療開発センター長も務める土井俊彦医師だった。

「がん細胞の表面、なかでも頭頸部がんの細胞表面には、EGFRと呼ばれる抗原(タンパク質)が多く発現しています。がん光免疫療法は、このEGFRに取り付く抗体と光感受性物質からなる薬剤を患者さんに静脈点滴し、20~28時間後に690ナノメーターの波長を持つ近赤外線光をストロー様の樹脂ニードルを刺してレーザー照射することで、光に反応した部分のがん細胞を抗体で死滅させるという治療法です」

 がん光免疫療法は、必要に応じて4回まで治療を受けることができるが、基本的には1回の治療で成果が得られるケースが多い。また、治療に要する時間は数時間、入院日数も現状は1週間程度と短いのが特徴だ。

「日本で行われた臨床試験では3例中2例において、また海外で行われた臨床試験では30例中13例において、腫瘍が縮小したと報告されています。通常、頭頸部がんが局所再発した場合の余命は極めて厳しく、なかには数週間から数か月というケースもありますが、アメリカでの臨床試験では年単位の余命が出ているとの報告もあります」

光免疫療法のフロンタル照射
光免疫療法のフロンタル照射

 ただし、現時点におけるがん光免疫療法の適応症は「切除不能な局所進行または局所再発の頭頸部がん」に限られている。したがって、手術をはじめとする標準的な治療が可能な場合には、基本的に光免疫療法を受けることはできないという。

「さらに言えば、適応症内であっても、がんが血管に浸潤している場合は、穿孔による出血の危険があるため、治療は避ける必要があります。また、EGFRは皮膚の細胞などにも発現しており、日光などさまざまな光にも近赤外線光は含まれています。したがって、治療後は正常な細胞が障害を受けることのないよう、1か月くらいは強い光や直射日光を避ける必要もあります」

 そんななか、切除不能な胃がんや食道がんに対する安全性を検討する医師主導治験も進んでいる。

「今後は内視鏡からレーザーを照射する光免疫療法も可能になってくるでしょう。また、光免疫療法とは別に、抗体と抗がん剤を組み合わせた治療、抗体と放射線同位元素を組み合わせた治療など、武装化抗体でがん細胞だけを死滅させる治療の研究開発もすでに始まっています」

Part 3
遺伝子変化に着目したゲノム医療が、今後のがん治療のスタンダードになる

後藤功一
国立がん研究センター東病院 副院長
呼吸器内科長
ごとう・こういち 1990年熊本大学医学部卒業後、同第一内科を経て、1994年より国立がん研究センター東病院に。2013年に全国の病院と共同で、肺がんの遺伝子スクリーニングを実施するLC-SCRUM-ASIAを立ち上げる。アジアにおけるがんゲノム医療の推進役を務める。

 東病院は日本の「がんゲノム医療」の最先端施設でもある。東病院を中心に日本初の産学連携全国がんゲノムスクリーニングプロジェクト「スクラム・ジャパン」が進行中だが、2013年から肺がんを対象とした遺伝子スクリーニングを率いてきたのが同病院の呼吸器内科長で副院長も務める後藤功一医師だ。

「がん細胞から遺伝子を抽出してゲノム解析を行うと、様々な遺伝子変化が起きていることがわかります。なかでもキーとなるドライバー遺伝子は、がん細胞の発生や増殖や生存に深く関与します。肺がんの場合、EGFRと呼ばれるドライバー遺伝子の変化が多く見つかりますが、これらのドライバー遺伝子に対する分子標的薬の有効性は非常に高く、ドライバー遺伝子に基づく個別化医療の確立が期待されます」

 肺がんは小細胞肺がんと非小細胞肺がんに大別される。このうち、小細胞肺がんには化学療法の効果が比較的高いが、非小細胞肺がんへの有効性は乏しいとされてきた。そこで、後藤医師らは非小細胞肺がん(主に腺がん)を対象としたゲノム解析を通じて、有効性の高い分子標的薬を患者さんに送り届けるための研究や治験などに取り組んできた。

「肺がんでは遺伝子解析に基づいた個別化医療が最も進んでおり、Ⅳ期の非小細胞肺がんでは初回治療から分子標的薬が使用できるようになっています。その結果、化学療法の奏効率は30%程度しかありませんでしたが、分子標的治療では奏効率は60%以上に上昇し、治療を受けた患者さんの生存期間も従来の2倍以上に延びています」

 しかし、ゲノム解析には多くの困難も存在する。極めて頻度が低いドライバー遺伝子変化をいかに見つけ出すかというのもそのひとつだ。

「日本人の場合、非小細胞肺がんに分類される肺腺がんの約50%にEGFRの変化、約10%にKRASの変化が見られますが、例えば肺がん全体の1%程度にしか見られない稀少な遺伝子変化をひとつひとつスクリーニングするのは非効率的です。そこで、われわれは一度に多くの遺伝子変化を検査できる『マルチ診断薬』の開発にも取り組んできました。現在も新しいマルチ診断薬の開発に向けた研究が進行中です」

 さらに、後藤医師らは2年前から薬剤耐性の原因となる遺伝子を特定する研究もスタートさせている。また、後藤医師らが発見した新しいドライバー遺伝子は、世界初の発見として2021年にネイチャー誌に論文が掲載された。

「今後、ゲノム解析に基づいた個別化医療がさらに進めば、Ⅳ期肺がんの治療だけではなく、手術を受ける早期肺がんの補助療法の個別化も進んでいくと考えられます」

 個別化医療の進展は従来のがん治療を一変させる可能性がある。

Part 4
RNA、タンパク質、細菌の解析が次の医療のブロックバスターになる

吉野孝之
国立がん研究センター東病院
副院長 消化管内科長
よしの・たかゆき 1995年防衛医科大学校卒業。97年より国立がん研究センター中央病院、同東病院を経て、2002年静岡県立静岡がんセンター消化器内科副医長、05年に米国メイヨークリニック留学。07年国立がん研究センター東病院内視鏡部消化器内科医長から現職に。

 東病院で進められてきた前述のスクラム・ジャパンのうち、大腸がんなど肺がん以外の固形がんを対象とした研究開発プロジェクト「モンスター・スクリーン」を率いてきたのが、同病院の消化管内科長で副院長も務める吉野孝之医師である。

 吉野医師らが世に送り出したモンスター・スクリーン発の治療薬は数多くあるが(下表参照)、最近ではHER2陽性の大腸がんに対する新たな薬物療法が注目を浴びた。

「HER2は乳がんの細胞表面に多く発現しているタンパク質として知られますが、われわれはこのHER2が一部の大腸がんの細胞表面にも発現していることを突き止めました。そこで、これまで保険適用外だった2つの抗がん剤を投与する治験を実施したところ、約30%に明らかながんの縮小が認められ、22年3月、薬事承認されるに至りました」

 また、リキッドバイオプシー(血液などを用いてがんのゲノム異常を検出する検査)によって、手術後の再発リスクをより正確に事前予測することも可能になりつつある。

「がん細胞が死ぬと血液中に微量のゲノムの破片が漏れ出します。リキッドバイオプシーでこの破片を捕まえる技術は確立されており、かつ、検査で陽性ならほぼ再発し、陰性ならほぼ再発しないこともわかってきました。その結果、再発リスクの低い人は術後補助化学療法をせずに様子を見る、逆に再発リスクの高い人はより強い術後補助化学療法を受ける、といった新たな治療選択も可能になっていくでしょう」

 さらに言えば、マイクロサテライト不安定性が高い直腸がんは新たな免疫チェックポイント阻害薬だけでがんが消失する、との注目すべき研究もアメリカで進んでいる。吉野医師らも数年後の保険承認を目標として、23年1月から手術を回避できるか否かの治験をスタートさせるという。アメリカでは被験者14人全員の直腸がんが消えたというから、治療が確立されればまさに歴史的なブレイクスルーとなるだろう。

 ただし、ゲノム情報から治験が成功して新たな治療が生まれる確率は次第に下がりつつあるという。

「実際、がんのゲノム解析はこれまでにほぼやり尽くされており、新たなドライバー遺伝子の発見も難しくなってきています。そのため、今後はがんのDNAだけではなく、RNAの分析、タンパク質の分析、ヒトに寄生している細菌の分析など、オミックスと呼ばれる手法を駆使し、CT画像や病理画像などと併せて総合的に解析していく技術が、次のがん先進医療を支えるブロックバスターになっていくはずです」

Part 5
医師の分身となる手術支援ロボットを開発する病院内ベンチャー

伊藤雅昭
国立がん研究センター東病院
副院長 大腸外科長
いとう・まさあき 1993年千葉大学医学部卒業。国立がん研究センター東病院大腸外科レジデント、久留米大学免疫学教室助手、国立がん研究センター東病院大腸外科医長から2005年大腸外科長。センター先端医療開発手術機器開発分野長を兼務する。2022年より副院長。

 次世代の医療機器開発を行う「院内ベンチャー」も東病院における特筆すべき取り組みのひとつである。なかでも、東病院の大腸外科長で副院長の伊藤雅昭医師らが開発した「手術支援ロボット」は、2023年を睨んだ保険適用のための承認申請が詰めの段階を迎えている。

「私が班長として医療機器開発の研究班を国立がん研究センターの中で立ち上げたのは2013年。当初は大学の工学系の研究者や地元のものづくり企業などの力を借りながら、大腸がん手術後の合併症を軽減する肛門ドレーン(ウイングドレーンチューブ)や、手術中の外科医の身体的な負担を軽減する支援機器(サージカルニーレスト)などを開発していました」

・ウイングドレーンチューブ
直腸がん切除後の腸管内を減圧し、患者の負担を軽減するチューブ。
・ウイングドレーンチューブ
直腸がん切除後の腸管内を減圧し、患者の負担を軽減するチューブ。
・サージカル・ニーレスト
手術中の外科医の身体的な負担を軽減する膝台。
・サージカル・ニーレスト
手術中の外科医の身体的な負担を軽減する膝台。

 そんな中、伊藤医師らは腹腔鏡手術を支援するロボットの開発を目指して2015年に院内ベンチャーを立ち上げる。当時も今もそうだが、ダビンチに代表されるロボット手術では、術者は遠隔でロボットを操作し手術の手技の判断を担うが、実際に患者さんの脇でサポートする助手の医師も必要になることが通常である。しかも、ロボット手術が患者さんに対してどのようなメリットをもたらすかという点において腹腔鏡手術と比較した場合、、ロボット手術の優位性が明らかなのは、出血量と開腹移行数であり、患者の術後の合併症や予後は違いはなかった。

「そこで、われわれは『アナザー・サージャン(もう1人の外科医)』をコンセプトに、腹腔鏡手術におけるスコピストと助手の二人の外科医の役割をこなす手術支援ロボットの開発に着手しました。これなら基本的に術者1人で手術を行うことができる。さらに、腹腔と肛門からの2チーム5人の医師で行われていた直腸がん手術にロボットを導入することで、手術に必要な医師を2人に減らし手術時間を半分に短縮するなど手術環境の一変も目指しました」

 アナザー・サージャン型ロボットが完成を見たのは2020年のことだが、この間、数回にわたって院内ベンチャーに投資を募った際には、そのたびに「倒産はあり得ない」「やり切るしかない」とみずからを鼓舞した。また、国家公務員である自分が院内ベンチャーへの取締役を兼務することの是非については、関係部署と相談しながら問題を乗り越えた。

「そんな中、われわれの院内ベンチャーに投資をしてくれていた企業からM&A(合併買収)の話が持ちかけられました。正式な契約に漕ぎ着けたのは2021年3月11日でしたが、明け方までタフな交渉が続きました。医療機器のベンチャーでM&Aに至ったのは国内2例目で、それまでの苦労を振り返ると万感の思いがあります」

 実は、この間、東病院では同様の院内ベンチャー2社が産声を上げている。いずれも2017年に開設された次世代外科・内視鏡治療開発センター内に事務所を構え、次世代医療機器の開発を手がける担当医師らが社長や取締役を兼務している。

 まさに「ゼロから起業してM&Aに至る」というシリコンバレー型の院内ベンチャーである。

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