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窪田さんは改めて、こう振り返る。

「私はたまたま子どもがいませんが、難しかったですね。同期の同僚で、子どもが生まれた人は全員、辞めていますから。当時の日本の制度では無理でした」

労働現場で男女雇用機会均等を許された、総合職第一世代の女性たち。男性並みに働くことが可能となった女性たちは、何と多くを犠牲にしないと、男性と同じステージに立てなかったのだろう。

夫との生活を守るため、働き続ける

現在、再雇用の身ゆえ、現役時代と比べて収入はかなり少ない。それでも窪田さんは、働き続ける日々を選んでいる。

「課せられる目標と責任は変わらないのに、収入は激減です。それでも会社に行っているのは、夫のためです。夫との生活を守るため。結婚した時、彼、国民年金を滞納していてほとんど年金がないことがわかったので、私の扶養にして第3号被保険者に入れたんです。さかのぼれる分は払っているので、少しは出るはず。けれど、もし私が先に亡くなった場合、夫に遺族年金は出ないので将来に心配が残ります。男性が年金受給開始前に亡くなった場合は遺された妻に寡婦年金が出るのにおかしいですよね。

今は残業も少なく、家でくつろぐ時間も増えましたが、夫と遊ぶための肝心の原資がない。借金があって蓄えがそれほどできなかったし、現役最後の2年にコロナでボーナスがゼロ、アテにしていた200万円が吹き飛びました」

あれほど私生活を犠牲に身を粉にして会社のために働いてきたというのに、窪田さんが描く未来は安泰なものではないと言う。

女性の立場向上を実現できなかった悔しさ

いよいよ、最後の質問だ。今回、あえて取材に応じてくれた真意はどこにあるのだろう。

「私自身は最も高い職位に試験で合格し、部長職になりましたが、能力のある女性社員が次々と潰されていくさまを止めるほどの力はなく、定年を迎えるまでの37年間、結局女性の立場向上は実現できませんでした。敗北のむなしさを抱えたまま、再雇用に甘んじています。