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「住みやすい街」小松は本当に住みやすいのか? 脱サラ農業を始めた7人家族に聞いてみた

「住みやすい街」小松は本当に住みやすいのか? 脱サラ農業を始めた7人家族に聞いてみた

PR提供: 石川県小松市

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 全国トップクラスの暮らしやすさを誇る石川県小松市。東京大学と日本経済新聞の調査では、「多様な働き方ができる自治体」の1位に選ばれた。また、東洋経済新報社が発表した「住みよさランキング2021」では、全国15位にランクインしている。

 いったい、小松の暮らしやすさの秘密はどこにあるのか。市内の中海町と岩上町で、自家製肥料を使ったオーガニックな野菜づくりに取り組む農園「家族野菜tsugutsugu」のオーナー・北出高嗣さん(43)に話を聞いた。

 もともと小松出身の北出さんは、一度金沢市に移住したあと、8年前に“Uターン”してきた。現在、3世代同居をしながら4人の子どもを育てる彼が感じているのは、“子育てのしやすさ”と“食の豊かさ”だという。 

「家族野菜tsugutsugu」のオーナー・北出高嗣さん(43) ©深野未季/文藝春秋
「家族野菜tsugutsugu」のオーナー・北出高嗣さん(43) ©深野未季/文藝春秋

◆◆◆

広告会社の営業マンとして小松市から金沢市に移住

――まずは、北出さんのご出身を教えてください。

北出高嗣さん(以下、北出) 「家族野菜tsugutsugu」の畑がある小松市中海町の出身です。

――このあたりは畑がたくさんありますよね。ご実家は農家だったのですか?

北出 この地域は兼業農家が多くて、うちもそうでした。ただ、子どもの頃は、苗運びくらいしか手伝っていなかったです。そのときは農業が「仕事になる」という認識すらありませんでした。

――農業を「仕事」にする前は、どのような働き方をしていたのですか。

北出 大学を卒業したあと、新卒で印刷会社に入社して、営業の仕事を1年半ほど続けました。でも、営業成績を残してるのに、なかなか認められなくて……。会社に不満を抱いていたときに、広告会社を立ち上げた同級生が「一緒にやらないか」と声をかけてくれたので、その会社に転職しました。それが24歳のときですね。

――転職先ではどのような仕事を?

北出 フリーペーパーの広告営業です。当初は従業員8人くらいの規模だったんですけど、どんどん大きくなっていって。配布エリアも、金沢、富山、福井まで拡大していきました。

 そして金沢に新しい事務所を立ち上げるとき、自分もそこで働くことになったんです。だから小松の実家から金沢のアパートに引っ越して、どんどん仕事にのめり込んでいきました。

 ちなみに、妻も同じ会社で働いていて、金沢にいるときに結婚したんですよ。当初はアパートに住んでいて、2人目の子どもが生まれるタイミングで、金沢の海辺に家を建てました。 

「家族野菜tsugutsugu」の農園がある石川県小松市中海町の風景 ©深野未季/文藝春秋
「家族野菜tsugutsugu」の農園がある石川県小松市中海町の風景 ©深野未季/文藝春秋

金沢移住後は仕事が忙しすぎて家族との時間をつくれず…

――小松から金沢に引っ越し、ご家族と順風満帆な生活を送っていたのですね。

北出 ただ、広告会社のイメージ通り、仕事の帰りが遅かったんです。その日のうちに帰ればいいほうで、時には朝になることもあった。そういう環境で仕事をしていると、家族と一緒に食事をするのが週に1回、みたいな生活になってしまって……。

 新しい家に住んでからも4年くらいは、そういう生活を続けていました。けれどあるとき、「これが本当に自分のやりたいことなんだろうか?」と迷い始めてしまいました。

――仕事と家庭のバランスが取れない生活に疑問を抱き始めた、と。

北出 そんなときに、あるセミナーに参加する機会があって。そこで、(石川県)加賀市で「加賀れんこん」を育てている農家さんと出会ったんです。その方が農業について熱心に語ってくれたんですよね。

 その話を聞いているうちに「故郷の小松も自然や畑が多いから、もしかしたら同じように商売ができるかもしれない」と感じて。そこから農業が気になり始めて、図書館で業界について調べ始めたのが、農業を始めるきっかけになりましたね。 

自家製肥料を使ったオーガニックな野菜づくりに取り組む ©深野未季/文藝春秋
自家製肥料を使ったオーガニックな野菜づくりに取り組む ©深野未季/文藝春秋

――しかし、「気になる」状態から実際に「始める」までには、高いハードルがあるのでは?

北出 そうですね。周りの人にも「農業は儲からないからやめておけ」と言われました。でも、実際にやってみないとわからないじゃないですか。だから、とりあえず1回飛び込んでみようかなと思って、会社を辞めました。

――金沢に家を建てていますよね。お子さんも2人いるなかで、パートナーの方は反対しませんでしたか。

北出 妻は「あなたの好きなことをやったらいいんじゃない。家も売ればいいんだし」と言ってくれました。

 もちろん金沢の家を手放すのは惜しかったけど、「農業をやりたい」という気持ちと天秤にかけたときに、農業への思いのほうが強かった。妻も、自分のその思いを汲んでくれたんだと思います。

 住宅会社さんのおかげで、あまり値段を落とすことなく家を売ることができましたね。

小松市に“Uターン”して取り戻した家族との時間

――無事に家を売り払ったあと、小松市に戻ってきたのですね。

北出 35歳のときに小松に戻ってきて、実家で両親と3世代同居を始めました。当時、妻は仕事を辞めずに、広告会社の小松事業所で働いて。

 自分は、無料で参加できる農家塾に2年間通いながら農業の勉強をしたあと、個人事業主になって「家族野菜tsugutsugu」を立ち上げました。 

2017年に「家族野菜tsugutsugu」を立ち上げた ©深野未季/文藝春秋
2017年に「家族野菜tsugutsugu」を立ち上げた ©深野未季/文藝春秋

――現在は、パートナーの方と4人のお子さん、そして北出さんのお母さまの7人家族で暮らしているそうですね。

北出 今は長女が12歳、次女が9歳、長男が5歳、三女が0歳です。自分の母親が孫を可愛がってくれているので、助かりますね。あと、妻が去年仕事を辞めて、農園を手伝ってくれているんですよ。

――金沢のときはご家族と食事の時間が取れないような状態でした。今はどうですか?

北出 今は夜ご飯を必ず一緒に食べますね。それに、子どもが学校から帰ってきたあと、農園に来て宿題をしたりするんです。家族と過ごす時間はかなり増えました。

 金沢にいたときは19時まで保育所に子どもを預けていたし、そのあとも妻に任せていたんです。でも今は、夫婦で子どもの面倒をみています。 

夏になると、子どもたちと一緒に野菜を収穫するという(「家族野菜tsugutsugu」のインスタグラムより) 
夏になると、子どもたちと一緒に野菜を収穫するという(「家族野菜tsugutsugu」のインスタグラムより) 

――4人のお子さんがいると賑やかそうです。

北出 子どもたちはドラマが好きで、「何を見るか」でよくチャンネルの奪い合いをしています。でも基本的には、面倒見のいい長女が下の子たちの世話を焼きながら、仲良くしています。

――休みの日はご家族で出かけることもあるのでしょうか。

北出 休みの日はみんなで小松市内の「木場潟公園」に行ったり、イオンモールで買い物をしたりしています。5歳の息子とは、航空専門の博物館「石川県立航空プラザ」に遊びに行ったこともありますね。

 先日は仕事の視察をかねて、妻と子ども4人を連れて6人で沖縄に行きました。自宅から車で約20分の小松空港から那覇便が出ていて、2時間半くらいで行けちゃう。ただ、4人の子どもと飛行機に乗るのは大変でしたね(笑)。

小松市の自然豊かな場所で子育てをする魅力

――ご家族と過ごす時間が取れているのですね。小松に戻ってきて、子育てのしやすさは感じますか?

北出 感じますね。保育所も小学校も中学校も、全部家から近いから、畑で作業していると子どもの登下校が見える。そこに安心感があります。

 それに、保育所や小学校がここ数年で改装されているので、田舎だけど施設はきれいに整っているんです。都会みたいに「保育所に入れない」みたいなことはありません。

――お子さんたちの生活ぶりはいかがですか。

北出 子どもたちは、のびのび過ごしていますね。自然豊かな場所で思いっきり走り回れるし、大きな声で泣いたり叫んだりしても、近所迷惑にならない。金沢にいたときは住宅地に住んでいたので、近所の目を気にしていましたけど、今はあまり気になりません。 

農園が子どもたちの“憩いの場”にもなっているそうだ(「家族野菜tsugutsugu」のインスタグラムより)
農園が子どもたちの“憩いの場”にもなっているそうだ(「家族野菜tsugutsugu」のインスタグラムより)

魚は絶品、お肉もおいしく、新鮮なジビエも…“食”に恵まれた小松市

――都会ではできない楽しみ方ですね。

北出 あと、妻は「子どもが野菜をすごく食べるようになった」と言っていますね。「食」という部分に関して、小松はすごく恵まれています。妻はそこにありがたみを感じているようです。

 海が近いから魚が絶品だし、お肉もおいしい。最近は、小松市内に「ジビエアトリエ 加賀の國」というジビエの解体場ができて、そこでおいしいジビエを食べられるんですよ。

 この辺のイノシシやシカは、どんぐりやキノコといった“自然のもの”を食べて育つから、イベリコ豚みたいにうまみがすごく強いんです。しかも、あまり胃もたれをしないので、体にもいいのかなと思います。

 子どもたちはまだ少しジビエに抵抗がありますけど、今後はそういうものを食べる機会が増えるかもしれないですね。

――4人のお子さんたちは、これからが食べ盛りです。

北出 お米はまだ4合炊きだけど、ゆくゆくは1升炊きになるかもしれません(笑)。

――ご自身はのびのびと生活できていますか。

北出 できています。息抜きしたいときは、家の庭で家族とバーベキューをするんです。外で食べると気持ちいいんですよ。友だちを呼びたいときは、農園のコテージでバーベキューをすることもあります。 

自然豊かな小松市でのびのび過ごしている ©深野未季/文藝春秋
自然豊かな小松市でのびのび過ごしている ©深野未季/文藝春秋

「自然豊かな田舎が好きだけど、不便なのは嫌だ」という人におすすめ

――ちなみに、小松に住んでいて不便を感じることはあるのでしょうか。

北出 もちろん都会に比べたら不便ですけど、都会に住んでいると、なんでも簡単に手に入るから、消費することが中心の生活になってしまうじゃないですか。でも小松に住むようになってからは意識が変わった気がします。

 それに、小松にはちょうどいい場所にコンビニやショッピングモールがあるから、生活に困ることはない。「自然豊かな田舎が好きだけど、不便過ぎるのは嫌だ」という人にはおすすめですね。

――最後に、今後の小松市に期待することなどがあればお聞かせください。

北出 小松市には空き家がたくさんあるから、それをうまく活用する方法を見つけてほしいです。

 たまに、東京から来た移住希望者が、農園に立ち寄ることがあるんですよ。話を聞くと、「小松に住みたい」と感じてくれている人もいて、家を探していたりするんです。けど、なかなか理想の物件が見つからないらしくて。

 小松市の人口が増えないのは、空き家を活用できていないのも要因のひとつだと思います。だからもっと空き家を探しやすくしてほしいですね。

©深野未季/文藝春秋
©深野未季/文藝春秋

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 小松市では、2022年12月から、従来の空き家バンクに加えて、“逆転の発想”で生み出した新しい空き家探しの仕組み「小松市さかさまバンク制度(以下、さかさまバンク)」がスタートしている。

 従来の空き家バンクは、物件の所有者がサイトに物件の登録を行い、借り手がそれを検索するスタイルだった。しかし「さかさまバンク」では、空き家の利用を希望する借り手側がサイト上に自分の情報を登録。その情報を物件所有者が検索・閲覧し、「貸したい」と思う人に物件を提案する。

 これにより、空き家を所有していても、利用希望者が出るまで待つしかなかった物件所有者が、能動的にアプローチできるようになる。また、空き家バンクに登録していない物件所有者も「さかさまバンク」を利用できるため、空き家の掘り起こしにもつながる。

 地方移住を希望する若者が増えていると言われているなか、小松の「さかさまバンク」が注目を集めそうだ。