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「車を走らせて、そのまま海に身を投げてしまいたい……」

そんな思いがよぎる瞬間が何度もあった。

季節を感じる余裕も失うほどの精神状態に

地域の人々は、そんな2人を心配して電話で励ましてくれていた。

「職場の責任者は、『仕事は心配するな、俺たちがおまえを守るから、子どもを守れ』と言って送り出してくれました。おばあちゃんや子どもたちもおるし……」

地域の人々や、他の家族への責任感が、殺人犯の親という十字架を背負った2人を死の淵から生きる道へと導いていた。地元に戻った2人は、「これ以上、周囲に迷惑はかけられない」と落ち込んだ姿を見せないよう仕事に励んだ。罵声を浴びせたり、嫌味を言う人はいなかったが、傷ついた心に、ちょっとした言葉が刺さることもあった。

章寛と一緒に遊んでいた子どもたちの話を聞く度に、「なんでうちの子が……」と悲しみが込み上げてくることもあった。

「あの時こうしていれば、ああしていればと……。夜中に目が覚めるたび、いろんな思いが頭を巡って、とにかく、後悔の日々でした」

同じ場所で生活しているにもかかわらず、事件前とは、見える景色まで変わってしまっていた。事件からひと月経った頃、「桜の花は見えてるか?」そう職場の人から声をかけられ、和代はハッとした。下ばかり向いて、季節を感じる余裕など失っていた自分に気が付いたのだ。

「子どもはひとりだけじゃないやろ、もうひとりおるんやからしっかりしなさい」

そう言って、涙ながらに励ましてくれる人もいた。地域の人々の温かさに、和代は少しずつ、自分を取り戻していくことができたという。

「あっくんは、理由もなく人を殺すひとではありません」

1988年2月、章寛は、奥本家の長男として福岡県豊前市に生まれた。豊前市は、大分県との県境に位置しており、求菩提(くぼて)山(さん)や犬ヶ岳などの山地に囲まれた、自然豊かな地域である。奥本家が暮らす地域は、家族ぐるみの付き合いがとても深い。