積極的なM&Aで2022年3月期に売上高が1兆円と最高益を更新し、右肩上がりのミネベアミツミ。技術を活かし新たな分野を開拓するBtoBメーカーの成長戦略に『文藝春秋』編集長・新谷学が切り込む。
貝沼由久氏
ミネベアミツミ代表取締役 会長兼社長執行役員
新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長
八本槍のコア事業とM&Aが成長力を生む
新谷 先ほど東京本部のショールームを見学して、驚きました。旅客機の翼を動かすベアリングから、スマートフォンのカメラの手ブレ補正に使う極小の部品まで、多種多様な製品を作っているんですね。
リチウムイオン電池用保護ICなど、世界シェアでナンバー1※を占める製品の合計売上の割合が全体の売上の50%というのはすごい。外径が1.5ミリしかない世界最小のミニチュアボールベアリングなど、高い技術を誇る製品もたくさんあります。※ミネベアミツミ調べ

1956年生まれ。慶應義塾大学を卒業後、'87年に米ハーバード大学ロースクールで法学修士課程を修め、'88年にミネベア(現ミネベアミツミ)に入社。2009年にミネベア社長に就任し、'17年のミツミ電機との経営統合後から現職。
貝沼 コア事業であるベアリングを始め、モーター、アナログ半導体、アクセス製品、センサー、コネクタ/スイッチ、電源、無線/通信/ソフトウェアという八つのセグメントを、「八本槍」と呼んでいます。
新谷 昨年3月期で、年間の売上高が1兆円を超えました。今年3月期には営業利益1000億円を達成して、最高益を更新する見通しです。右肩上がりの理由は、どういう点にありますか。
貝沼 ひとつはオーガニックな成長です。GDPが上がって人々の可処分所得が増えると、よりいい物が欲しくなります。いい物の中には、当社の部品が入っています。
新谷 世界経済の成長と共に、業績が上がるわけですね。28カ国に約100の生産や研究の拠点を構えていて、海外従業員の比率が約9割と高いことが象徴的です。
貝沼 我々が中国へ進出したのは1994年ですが、ヘアドライヤーを見ただけでびっくりされました。それがいまや、毎分5万回転以上もするハイエンドのヘアドライヤーが爆発的に売れています。生活必需品ではなく、生活を豊かにするための商品が求められるようになったんです。
新谷 「相合(そうごう)」という言葉を大切にされていますが、ご自身で考えたものですか。
貝沼 はい。デパートへ行けば、1階が化粧品で2階に婦人服。3階では紳士服を売っていますね。これは「総合」です。ところがユニクロさんへ行くと、下着に靴下からジャケットやコートまで、相互に補完し合う商品をパッケージで売っています。我々が目指すのはそちらなので、相い合わせる「相合」精密部品メーカーだと言っています。
新谷 成長力の2番目は、積極的なM&Aです。2009年に社長に就任されてから、23件も行なっています。
貝沼 企業には、尖っている人たちとサポートする人たちが有機的に一体となって存在しているので、一部の人だけ獲得しても大きな効果は上がりません。経営統合をすれば相手方の経営資源をそっくりいただけますから、技術や知見が丸ごと手に入ります。

1964年生まれ。早稲田大学卒業後、文藝春秋に入社。『Number』他を経て2012年『週刊文春』編集長。 ’21年7月より現職。
新谷 M&Aの相手を選ぶ際も、「相合」を重視されるわけですね。2017年のミツミ電機との経営統合は、特にエポックメーキングでした。
貝沼 ミネベアとミツミは製品がほとんどかぶっていないので、統合した瞬間に、収益の幹が二つになりました。製品が重なっていると、どっちの工場で作ろうかといった問題が生じて、インテグレーションが難しいんですよ。
新谷 稼ぎ頭のひとつになっているアナログ半導体は、元来ミツミの事業です。
貝沼 大きなディールの前には必ず、双方が集まって合宿をします。朝昼晩と一緒にご飯を食べて、将来を語り合うんです。実はアナログ半導体は、処分しようと思っていました。ところが、ミツミとの合宿で責任者が素晴らしいプレゼンをしてくれたので、考えが変わりました。
いまでは200億円を超える黒字になって、八本槍の一番下だったのが3位まで上がってきました。国産半導体の力をつけたいという国からの要請もあるので、まだ成長する余地があります。
新谷 しかしM&Aは、相手方にすれば、他社の軍門に下るという抵抗感があるんじゃないですか。
貝沼 M&Aは成長に要する時間をお金で買う手段であって、企業文化まで買うわけではありません。ですから私は、相手方の社名を変えないんです。ミツミ電機は、社名を残してもらいたいというのがディールの条件だったので、ミネベアミツミに変更しました。しかしユーシンやエイブリックなどについては、変えていません。
目標を一緒にロジカルに設定し、実現できる環境を整えて資金も出せば、現場は動くものです。人事においては対等で、手柄を立てれば出身母体に関わらず抜擢します。
新谷 そうした成功例を見ていたら、ミネベアミツミと組めば上手くいくぞという空気が広まりますね。
貝沼 まさにそこが狙いです。

日本の本当の強さは部品メーカーにあり
新谷 社会課題の解決による成長という点に着眼されているのも、素晴らしいと感じました。ショールームで特に驚いたのが、ベッドセンサーです。4本の脚の下に置くだけで、寝ている人の体重やバイタルデータなどがモニタリングできて、呼吸と連動する肝臓の動きから覚醒や睡眠のデータも取れる。
貝沼 もともと持っていた荷重センサーの技術を応用したものです。リコーとの共同事業で「リコー みまもりベッドセンサーシステム」として商品化しています。
新谷 離床アラームがナースコールに連動するので、徘徊などを始めた場合等に即座に対応できますね。人手不足に悩む看護や介護の現場で、需要が高いでしょう。
貝沼 我々は、お客様から受動的に注文をいただき、ご要望に沿った製品をお納めする典型的な部品メーカーです。したがって、自分たちの強みや技術を積極的に世の中に打ち出せない悩みがありました。
また医療やインフラ、住宅設備は、不得手な分野でもありました。自分たちの要素技術を入れて新たな分野を開拓したい気持ちの表れが、新しいプロダクトラインを生んだのです。スマートシティ用のLED道路灯も、世界中に20万本以上建てました。
新谷 高効率LEDとセンサーを備えていて、夜間の時間帯には節電できるシステムですね。従来型に比べて、温室効果ガスの排出量を約70%も削減できるとか。
貝沼 2万本建てたカンボジアでは、環境大臣賞を受賞しました。
新谷 貝沼社長が「選択と集中」について否定的なお考えなのが、よくわかります。
貝沼 経営の本質は、サステナビリティです。会社をサステナブルにするためには、多くの産業にまたがっていることが必要です。コロナ禍の直撃を受けた航空機業界を見ればわかるように、特定の分野だけではいけません。
新谷 BtoBの企業にありがちな受け身から、強みを活かして社会の課題を解決しようという積極的な姿勢への転換が伝わります。
貝沼 要素技術を世界に示して会社をサステナブルにするメリットは、優秀な人材を集められることです。これは私の持論ですが、日本経済が成長したのは部品メーカーの足腰が強かったおかげで、セットメーカーが成功して、お金が貯まって金融機関が発展したからです。
しかし学生たちは、完成品を販売するセットメーカーばかり見てしまいがちです。日本の本当の強さとは何なのかよく考えて、部品メーカーをもっと評価してもらいたいものです。
新谷 どうしてもブランド志向が強いですからね。
貝沼 先日、私がテレビに出てスマートシティの道路灯を紹介したら、ご覧になった方からお手紙をいただきました。「うちの小学校低学年の孫が当社のスマート道路灯を気に入って、『僕は大きくなったらこの会社に入る』と言ってます」と。
私はすぐ人事に「内定を出せ」と言ったんです(笑)。
ミネベアミツミで働きたいと考える、若いエンジニアが増えて欲しい。今年三月に汐留の新しい本部ビルへ移転するのも、それなりの門構えを示すためです。
新谷 「東京クロステックガーデン」ですね。

貝沼 クロステックは「相合」の横文字です。
新谷 「技術者の理想空間」を構築すると同時に、子どもたちにモノづくりの大切さを教えるショールームも設けると聞きました。
貝沼 技術が文明に寄与してきた歴史を説明したり、将来はどうなっていくのか体験したりできるようにします。子どもたちに「小さい頃、あの会社を見学に行ったな」という記憶をもってもらえたらいいと考えています。
高い目標で情熱を生み売上高2.5兆円へ
新谷 貝沼社長は、日米で弁護士をされていた異色の経歴をお持ちです。法曹界での経験は、経営者としてプラスになっていますか。
貝沼 会社法を勉強していますから、ガバナンスがわかることが第一。二番目は、双方から意見を聞く習慣があるので、常に反対意見を求めることができる。聞いた意見が自分の発想になければ、素直に考えを変えます。
三番目に、総論があって各論もあるという感覚が身についていること。総論がしっかりしていれば、迷いは生まれません。新しい事案について、「相合の効果がないから、九本目の槍にはならない」といったチェックが可能になるんです。
新谷 大きな戦略を個々の戦術に紐づけて、上手に落とし込んでいくわけですね。儲かるべくして儲かっていることが、よくわかりました。
貝沼 社長になったとき、電機と機械が合体する部品メーカーになりたいという願いを込めて、「Electro Mechanics Solutions」という標語を商標登録したんです。14年かかりましたけど、土台が完成したと感じています。
新谷 2029年には売上高2兆5000億円、営業利益2500億円になるという目標を掲げています。
貝沼 私自身がそうしているように、社員全員に「高い目標を掲げろ」といつも言っています。社名のロゴの下には、「Passion to Create Value through Difference」と入れています。つまり「違いにより価値を生む情熱」ですが、「Passion」と「Difference」だけ赤い文字で書いています。
高い目標を掲げると、情熱が生まれます。情熱が生まれると、スピードが上がります。スピードが上がると、未来に繋がります。高い目標と共通する目標がなければ、パッションは湧いてきませんからね。

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Text: Kenichiro Ishii
Photograph: Miki Fukano
