スポーツジャーナリストの増田明美さんは、なぜ「こまかすぎる解説者」と呼ばれるようになったのか。増田さんの著書『調べて、伝えて、近づいて』(中公新書ラクレ)より紹介する――。
マラソン解説でもっとも重要だと考えていること
マラソンや駅伝の解説を頼まれると、レース当日だけでなく、選手が練習する現場から取材を始めます。
レース本番は、当日の天気やコースの状態などさまざまな要因によって展開が変わりますが、スタートに立つまでのコンディショニングが勝敗の決め手になるからです。
私がマラソン解説するうえで考えたのは、「選手は何をいちばん伝えてほしいのか?」ということでした。
現役のランナー時代、私は大会前に放送局からアンケート用紙が配られると、その「趣味」の欄を丁寧に記入しました。
ただ「足の速い人」とだけ見られるのでは、あまりに悲しく思えたからです。「趣味は読書。なかでも歴史書です」と書くことで、「なぜ―人の心を開く読書なのか、なぜ歴史書なのか」と、選手の人間性にもふれるようなコメントをしてほしいと思っていました。
自分が取材する側になってからは、趣味の話や家族のこと、ときには恋愛の悩みまで聞きます。
そうした会話ができるようになるまでは、選手との信頼関係を築いていくことが欠かせません。そのためレース前だけに限らず、仕事の合間をぬっては各チームの寮や練習場、合宿所を訪ね、監督やコーチにもよく会います。
競技に集中している選手はなかなか自分のことを話せないもの。そうした選手を周りで支える人たちから話を聞くことで、また違う一面も見えてくるからです。
大会のずっと前から取材は始まっている
私がよく行っていたのは実業団チームの夏合宿と冬合宿で、夏は北海道、冬は徳之島や宮崎などで行われます。大会前は選手も緊張しているし、他の記者がたくさん来ていて落ち着きませんが、夏や冬の合宿では私一人なのでじっくり取材できるのです。
朝練習の前にストレッチをしているときや、ジョックなど軽い練習のときに「どう体調は?」「よく眠れた?」などとちょっと声をかけて、練習の調子を見守ります。あとは、お昼ご飯を一緒に食べるとか、お昼休みや練習後など余裕のあるときを見計らって話を聞くようにしました。