ただ業界の感覚でもかなり安いのは確かなようだ。五藤氏を批判する荒井氏も、「この値段をはじめに聞いていたら、やっていたかと言われたら……」と苦言を呈する場面もあった。しかしそれは荒井氏のギャランティについてであり、五藤氏がこの金額を受け入れない態度について思うところがあるようだ。
業界の“当たり前”はやりがい搾取になっていないか?
「シナリオ作家協会の入会規定は劇場映画1本か、テレビドラマ120分以上分のシナリオを書いたことがあるかです。彼女は映画が公開される前の段階では、まだ脚本家ではなく“シナリオを書いている人”なんです。僕たちの時代では金か名前と聞かれたら、名前をクレジットされる方を選んだけどね。(金よりも)デビューできる方が価値として大きいんじゃないのって」
寺脇氏も自戒しつつ、こう語っている。
「今の時代、やりがい搾取とか言われることはよく分かってます。やりがい搾取にならないように、気をつけていかなきゃいけない。ただ、メジャーが作るわけないような作品を世に出すのには、それだけの無理をしなきゃいけないんです」
新人には理解しがたい、ベテラン制作陣の“常識”
小林氏が「交渉を拒絶されている」と語った点について五藤氏に確認した。脚本料交渉について、彼女は「まともに取り合ってもらえなかった」という印象を持っていたようだ。
「当初、小林氏からは脚本料10万円の根拠として、助成金申請の際に脚本料を20万円として提出したため、荒井氏と折半で10万円しか払えないと説明されました。しかし、ご自分がそう説明したことを忘れてしまったのか、その後のメールで突然助成金申請の際に荒井さんの名前をいれたことで脚本料が30万円になったと言い出して……。
私は10万円の根拠をはっきりさせてほしいとお願いしましたし、75万円という私の提示金額に対しても難しいというばかりで、具体的な修正金額を先方が出してくれない。そんな状況で交渉を進められるわけもなく、弁護士を通すことに決めたのです」
師匠からの納得できない直しを受け入れ、ギャラが低くても我慢する――。こうした姿勢もかつては当たり前だったのだろう。しかし“業界“にどっぷり漬かったベテラン制作陣のそうした“常識”は、新人の五藤氏にとっては理解しがたかった。
プロデューサーの寺脇氏も、「荒井氏のお弟子さんということで、映画製作の現場を理解していると思い込んでいた。説明が不十分だったり、連絡が疎略だった部分があったかもしれない」と振り返っている。
現在、全国66館で上映されている『天上の花』。このトラブルに、主演を務めた東出は何を思うか。東出は過去に「ABEMAエンタメ」のインタビューでこう語っている。
「インディペンデント映画の魅力は何よりもその作家性です。広く大衆に受ける商業映画も素晴らしいけれど、インディペンデント映画は自分たちの魂をスクリーンに焼き付けんばかりの情熱を持って取り組んでいる方が多い。そういう方々や作品と共鳴することができたときに俳優としての喜びを感じます」