それを不思議に思って細かく聞くと、これまで母親から買い与えてもらったことはないという。母親に買ってほしいと頼むことができないのかと聞くと、彼女は「できない」と小さく言った。
「もうそんな年齢? 面倒になりますね」
それから、高畑先生は彼女の母親に電話した。母親の返事はこうだ。
「もう、そんな年齢ですっけ? 面倒になりますね」
その口調からは、悪意も悪気も感じられなかったが、親としての娘への気配りや配慮も感じられなかった。高畑先生にも同じ歳くらいの娘がいた。逆に、どうしてそんなに無関心でいられるのかと、不思議だったという。
いつの間にか香織さんの口数が増えて、よく話していた。
「なんかよくわかんないけど、人の目が気になるっていうか……。国語の教科書の音読ならできるけど、『ここの作者の気持ちはなんだと思う?』とか、名指しされてみんなの前で答えるのは無理。笑われるんじゃないかと思う。音楽とか、歌うの無理で、いつも口パク。私は、わがままなんだと思う」
「それは緊張すると思います。ひとりに対しても緊張するのに、教室に入ったら、みんなに対して緊張して困ってしまいますよね。みんなにあわせるのは疲れると思います。大変だよね」
「なんでわかるんですか?」
彼女は目を丸くして、顔をあげた。
「ほかにも、あなたのような人を、たくさん知っているからですよ」
そう言うと、またさらに驚いたような顔をした。
「ほかの人は、どうしているんですか?」
「まあ、無理せずやっていますよ」
母親と仲良く過ごす友達が羨ましい
彼女のような境遇の子らは、家にいないで外へ出て多くの人と関わっているほうがよい。なぜなら、高畑先生のように、家での親子関係に違和感を抱きながら関わってくれる大人に出会う可能性があるからだ。彼女らは、親以上に自分に対して興味を持ってくれている人がいることに驚く。そして、気持ちを聞いてくれたこと、一緒になって考えてくれたことが、相当な心の支えになる。