オカダ やっとデビューできたという感じでしたね。僕が同期の中で一番デビュー遅かったんですよ。だからやっとみんなみたいにいろんなところに試合に行けるんだなって思いました。メキシコって、スケジュールがハッキリ決まっているんです。日本でたとえれば、月曜日は横浜で、火曜日は東京、水曜日は千葉……みたいに。お祭りがたくさんあって、1日3試合したり、いろんな経験ができましたね。
二度目の新弟子もプライドはなかった
──19歳で新日本プロレスに改めて新弟子として入門されたそうですが、すでにデビューしているなかで、プライドもあったと思うんですが、それはじゃまにならなかったですか?
オカダ 全然ならなかったです。大したプライドじゃないですよね。やっぱり新日本っていう大きな団体からしたら、闘龍門でデビューしたっていうプライドなんてちっぽけなもんなんですよ。でも、そこで得た技術っていうのはあとから絶対活きるというのは思っていました。僕の中では闘龍門では、プロレスラーになったというよりはルチャドールになったという感じだったんです。だから、今度はプロレスラーになるためにまた一から学べるチャンスが来たと。ただ、誰よりも練習はしているっていう自信はありましたね。
──そのときの道場生の方もやっぱり年上だったんですか?
オカダ 内藤(哲也)さんとかYOSHI-HASHIさんも、みんな年上です。内藤さんのレベルの高さには驚きましたね。正直、新日本は団体としては大きいけど、細かい技術に関しては大したことないんじゃないかなんて当時は思っていたんですけど、内藤さんを見てそれが一気に覆されました。こんなすごい人がいるんだって。YOSHI-HASHIさんはまだデビュー前でしたけど、関節とかもたくさん極められてましたし、予想以上のレベルの高さを感じましたね。
──やっぱり一緒に道場で過ごした内藤さんたちには今も特別な絆みたいなのはありますか?