「いつでも・どこでも・正確に」臨床検査事業を中心に、医療に貢献するBML。医師としての経験をもつ「白衣を着た経営者」である近藤社長の視点を、『文藝春秋』編集長・新谷学が解き明かす。
近藤健介氏
株式会社ビー・エム・エル代表取締役社長
新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長
採算度外視で挑んだPCR検査事業
新谷 BMLは、医療インフラにおいて非常に大きな役割を果たしている臨床検査の会社です。一般には馴染みが薄くても、新型コロナウイルスの臨床におけるPCR検査でシェアが一位と言えば、わかりやすいでしょうね。

1966年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、医師免許取得。小児科医として、慶應義塾大学、聖マリアンナ医科大学で医療の現場に携わる。94年株式会社ビー・エム・エル入社。2014年から現職。
近藤 PCR検査は以前から扱っていたのですが、感染拡大の波が来るたびに受け入れ態勢を広げました。北海道から沖縄まで全国に十か所のラボで、一日に最大五万件までできるようにしたんです。二〇二〇年十二月に比べると、二.五倍以上に拡大した計算です。厚労省のデータでは、全体の十二.五%ほどを当社が担当したとのことです。
新谷 取り組みも迅速だったと聞きますが、どんな経緯でしたか。
近藤 PCR検査で陽性が出た人は、即座に隔離される決まりです。特殊検査でありながら結果を速く求められる検査であり、非常に重要な位置づけです。当初は日本衛生検査所協会を起点とした体制を検討していました。しかし、検査能力拡大の緊急性から当社独自の体制づくりも並行して進めました。
新谷 国も医療機関も混乱して体制が整わないために、検査を受けたくても受けられない人がたくさんいたのを思い出します。
近藤 当社は全国展開していて一社単独でやれる状況でしたから、もっと早く提供できると考えたんです。二〇二〇年二月から始めていたんですが、三月中旬にシェアナンバーワンになろうと決意して、本格的に動き始めました。
新谷 近藤社長の「過剰投資のリスクを引き受ける覚悟も必要だ。医療従事者の努力を思えば、検査能力を医療のボトルネックにしてはならない」という発言が、強く印象に残っています。
近藤 やっていることに間違いはない、という確信がありましたから。謎の感染症と報じられたせいで不安がっていた社員たちが、私の言っていることを理解して、のめり込んでくれたおかげです。
当初は、高機能検査の拠点である埼玉県川越市のBML総合研究所に、全国の検体を集めていたんです。しかし九州や北海道の拠点ラボも「検査の緊急性を考えればウチでもやらせてください」と申し出てきたので、これはもう採算度外視だと。
新谷 社会の役に立っているという実感と使命感が、背中を押したんでしょうね。
近藤 そう思います。社員たちから「やろうよ」と言ってくれて、非常に嬉しかったです。
新谷 コロナ禍の支援活動のひとつとして、日本医師会と日本看護協会に五億円ずつ寄付もされました。
近藤 我々の仕事は後方支援で、医療従事者が危険と直面しながら頑張っているからこそ、検査ができます。もともと私は小児科医でしたから、この仕事をやっていなければ最前線に立っていたはずです。仲間たちの苦労がわかるので、少しでも和らげたいという個人的な思いもありました。そこで、医療提供体制の維持や職場環境の改善に役立ててほしいと考えたわけです。
医者の視点から生まれる主訴を見抜く経営

1964年生まれ。早稲田大学卒業後、文藝春秋に入社。『Number』他を経て2012年『週刊文春』編集長。 ’21年7月より現職。
新谷 近藤社長は慶應大学医学部の出身で、聖マリアンナ医大などで十七年の臨床経験をおもちです。お話を伺っていると、医療の現場を肌感覚で知っていることが、大きな強みに思えます。
近藤 そうですね。「この事業は、医者から見ればこういう価値がある」と考えて、経営上の判断をする場合が多いです。
新谷 医者目線の裏を返せば、患者さん側のニーズについても「こんな診療があれば喜ぶだろうな」という想像力が働くのではないですか。
近藤 それもあります。患者さん個々の苦しみが、ある程度は理解できますから。たとえば骨髄検査は、骨を割って中の骨髄を採るので、「魂を吸われるくらい気持ち悪い検査」と言われます。そうやって採取した検体を凍らせてしまったりして再検査が必要になると、患者さんにとってどれほどの負担になるか、社員に説明することもあります。
新谷 白衣を着た経営者ならではの、複眼的な見方ができるわけですね。
近藤 医者として一番大切なことだと教わったのは、患者さんの主訴を見極めることです。つまり、最も訴えたい症状は何か。現病歴・既往歴・家族歴などの情報を集めて主訴を見極める力を養ったので、社員と接するときも、その課題に対する主訴は何かを掴むことに誠実でありたいと思っています。
真実を引き出せれば対策を立てやすいし、読み間違えが少なくなるので、解決までの時間が短くなります。
新谷 インフォームドコンセントのノウハウが、経営に生きている感じがします。近藤社長流の〝主訴を見抜くカルテ式経営〟ですね。
沿革を振り返ると、一九五五年にお父様の近藤健次さんが社長として創業された、相互ブラッド・バンクという会社が出発点でした。
近藤 保存血液の製造および販売が目的でした。いまでは聞こえが悪いですが、売血の時代です。ところが六四年に、駐日アメリカ大使のライシャワーさんが暴漢に刺されて輸血をしたせいで、ウイルス性肝炎になってしまいました。それ以降、血液製剤はすべて日本赤十字社の献血でまかなうと決まり、当社のような血液銀行は五年後までに事業の変更を余儀なくされたんです。
新谷 それで六七年に、臨床検査事業へと転換したわけですか。
近藤 事業基盤としては、血液製剤を作る上で感染症のチェックをやっていましたし、営業基盤としても病院が顧客だったので、近しい事業内容だったんです。とはいえ社員十六人からの再出発でした。
新谷 そこから少しずつ会社を大きくされたんですね。
近藤 病院が自前で検査室を構えるとコストがかかるので、アウトソーシング化が進む流れに乗りました。八五年に川越に総合研究所を建てて、大量に増えた検体を一気に処理できるようにしてから、全国展開を始めました。
新谷 七六年に商号を相互生物医学研究所に変更し、現在の社名になったのは八九年。BIO MEDICAL LABORATORIESを略してBMLですね。二〇〇一年には、東証一部に上場されました。
近藤 〇二年に大塚製薬の臨床検査部門をM&Aして、事業とお客様を譲り受けました。それまではクリニックや診療所などでの検査が中心だったんですが、大塚が持っていた大病院や同業他社からの受注が増え、超特殊な検査も可能な体制が整いました。
新谷 昨年三月期の決算では、売上げが千八百億円で前期比三四%のアップ。営業利益は四百八十八億円で、百四十五%も上がりました。しかしPCR検査の増加分を考えれば、一過性の数字ともいえます。
近藤 コロナに関しては、感染が終息し、検査件数も減ることが望ましいのは当然です。
臨床検査事業は、売り上げの九四%を占め、営業・ラボ・情報システムの三つのネットワークが業界一です。四千項目以上の検査が可能ですから臨床検査の全分野に対応でき、一日に二十万件以上を実施しています。特に細菌検査は、世界有数の件数です。
新谷 その細菌検査のノウハウを活かした、食品検査事業も手がけていますね。
近藤 食材・調理品・加工品の微生物検査、食品工場や厨房施設の環境検査、食品取扱者の微生物検査などを行なっています。店舗の衛生管理や食品安全に関する認証獲得のお手伝いといった、コンサルティングもやっています。
新谷 もうひとつの柱である医療情報システム事業は、電子カルテが中心です。以前から扱っていましたが、昨年クラウド型の「Qualis Cloud(クオリス クラウド)」に改めて発売されました。新しい医療インフラですが、どんなメリットがありますか。
近藤 データをデジタル化して保存できるので、検索や集計が瞬時に可能です。情報の共有化によって診察の待ち時間を減らしたり、医者にも余裕ができるおかげで診療時間を適正に割り当てられる、といった利点があります。
電子カルテは大学病院ではほぼ導入されていますが、個人のクリニックはまだ四五%程度です。懸念されるコンピューターウイルス対策も、万全です。

食品検査、治験、ゲノム 新しい事業への挑戦
新谷 サスティナブルな企業として存続するために、今後力を入れていく分野はどのあたりでしょうか。
近藤 臨床検査事業では、基幹病院や中核病院の顧客がまだ少ないので、伸びしろがあると思っています。もうひとつは保険適用外事業に可能性を感じています。例えば、食品検査事業ですが、コロナ禍でかなり縮小した飲食業が盛り返してくるフェーズに入れば、伸びてくるはずです。
また、電子カルテ、健康診断と人間ドック、治験事業にも注力していきたいと思います。
新谷 健康に対する意識は「治療よりも予防」ですから、健診のニーズは増します。
近藤 健診は全国に八十一か所あるラボで行なっていますが、機械や試薬が違うと結果がまちまちになる場合があるので、私が社長になってから統一化を進めています。
新谷 治験は、製薬メーカーから請け負う事業ですか。
近藤 製薬業界はグローバル化が進んでいて、国内治験は縮小し、国際治験が拡大しています。我々は、アメリカにあるラボコープという世界ナンバーワンの臨床検査会社とパートナーシップを結んで、共同治験をやっています。
新谷 五月には、総合研究所の新棟がふたつ着工します。
近藤 二四年八月の竣工です。目的の第一は、拡大する検査ニーズに対して、スペースをしっかり確保すること。もうひとつはBCP対策です。近くを流れる入間川の水害に備えて、現在は一階に置いてある重要な機械を二階以上へ移します。さらに太陽光パネルと高効率熱源空調設備を導入して、CO2排出を削減します。


新谷 一棟は、ラボコープとの共同棟ですね。
近藤 はい。国際治験専用ラボで既存の検査能力の増強に加えゲノム検査等も追加することにより、これまで以上にがん領域に貢献できると思います。
十年後も持続的成長が可能な基盤を構築することが、新棟建設の目的です。グループの企業理念の「豊かな健康文化を創造します」を達成するため、臨床検査を中心に、皆さんの健康に対するニーズにお応えして参ります。

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