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40歳で44本塁打マーク“不惑の大砲”門田博光さんが74歳で死去 アキレスけん断裂から「一球に懸ける」スタイルへ

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genre : エンタメ, スポーツ

西武戦で44号ソロ本塁打を放つ南海の門田=1988年10月12日、大阪球場

 プロ野球歴代3位の567本塁打を放った門田博光さんが74歳で亡くなった。南海時代の1988年に40歳としては史上最多の44本塁打をマーク。「不惑の大砲」と呼ばれた大打者は、不屈の人だった。

 79年の春、アキレスけんを断裂。現役継続すら危ぶまれる中、「ホームランなら足の状態に左右されない」。長距離打者として生き抜く覚悟を決めた。プロ野球選手としては小柄な170センチの体で、「この一球」に懸けるスタイルへ。鋭く精緻なフルスイングを究めるため、王貞治のような一本足打法を磨いた。素振りを繰り返した。

 頑固一徹な姿勢を貫いた。体のケアには誰よりも熱心で、念入りなマッサージを受けるのが日課だった。同僚からは「トレーナーを独占している」と苦笑いされるほど。報道陣に対しても、試合後などのリップサービスは一切なし。グラウンドで結果を出すことに徹した。

 当時人気を誇ったセ・リーグとは対照的に、個性的な選手がひしめくパを象徴する選手の一人だった。ロッテの落合博満、阪急のブーマーらと本塁打王を競い、西武のエース東尾修が投じた胸元をえぐる球に立ち向かった。

 後に大リーグに挑戦する近鉄の野茂英雄に対し、「最初の本塁打は自分が打つ」と決めて狙い打ち。有言実行したこともある。44歳まで現役を続け、「俺は野球しかできない」と言ってバットを置いた門田さん。最後まで自身のプライドを守った。

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