全国津々浦々にまで広がる郵便局のネットワーク。その強みを活かしたら、どんな未来が拡がるのか。「共創プラットフォーム」という目標を掲げる日本郵政グループ社長・増田寬也氏に、『文藝春秋』編集長・新谷学が迫る。
増田寬也氏
日本郵政株式会社 取締役 兼 代表執行役社長
新谷 学
聞き手●『文藝春秋』編集長
郵便局を何でも相談できる存在に
新谷 増田さんは、岩手県知事を十二年務めたあと、安倍内閣の総務大臣などを経て、2020年1月に日本郵政の社長に就任されました。
増田 できるだけ地方の現場を知って仕事に活かしたいと意気込んで来たんですが、就任と同時にコロナ禍で回ることができず……。去年はようやく、地方に30回ほど行けました。今年は過疎地域を中心に40回行こうと考えて日程を作っているところです。
新谷 飛び込みのような形で行くことが多いんですか。
増田 全国に13ある支社と各地の中央郵便局には必ず顔を出すようにしていますが、そこでの会話は想定問答になりがちです(笑)。ですので、過疎地にある小規模局を、必ず回るようにしています。

1951年生まれ。東京大学卒業後、建設省入省。'95~2007年、岩手県知事、'07~'08年、総務大臣を務める。野村総研顧問、東大公共政策大学院客員教授。'20年1月より現職。
新谷 直接行くと、職員の方の本音が聞けますか。
増田 オンラインで全国を結んだ会議もできますけど、リアル感が大事ですね。じっくりと話を聞き出す「傾聴力」が必要だと痛感しています。岩手県知事の頃は若かったので、こちらから一方的に話すことが多かったですよ。
新谷 日本郵政は、日本で最も従業員の多い会社ですね。日本郵便が約34万人。グループ全体で40万人に達します。
増田 これだけ多くの皆さんとご家族の生活を守っていかなければならない責任を、ひしひしと感じています。
新谷 総引受郵便物数は、手紙と荷物を合わせて年間200億通。配達は、一日あたり3100万か所。ものすごい数です。EC市場の拡大で、ゆうパックなどの荷物が増えていますね。一方で、郵便物は減り続けています。
増田 象徴的なのは年賀葉書。最盛期の2004年には44億枚も発行していたのが今年は16億枚でした。
新谷 20年で3分の1ほどですか。私は年賀状を大事にしているので、とても残念です。年に一度のご挨拶ですから、千枚くらい出すんですよ。頂戴した年賀状の「ちょっとお話ししたいことがあります」という添え書きから、スクープが生まれたこともあります。
増田 全体の収益を高めるために、郵便、貯金、保険に次ぐ第四の柱として期待しているのが、不動産事業です。鉄道で郵便物を運んでいた関係で、中央郵便局はターミナル駅前にあることが多いんです。トラック輸送が中心となった現在、郵便の仕分けを好立地で行なう必要はありませんから、郊外へ移したり効率性を高めたりして、空いたスペースを再開発しています。
新谷 各地で展開している「KITTE」という商業施設は、再開発の例ですね。
増田 はい。東京駅に直結しているKITTE丸の内は、低層だった旧東京中央局の容積率を活用するなどして高層のJPタワーを建設しました。
新谷 郵便局は、全国に約二万四千か所。セブン‐イレブンが二万一千店くらいですから、圧倒的な数ですね。強みはどういう点にありますか。
増田 コンビニの出店は大都市圏ほど密なのに比べ、郵便局は全国津々浦々に散らばっていることがひとつです。全国にある郵便局の場所をトレースすれば、日本地図ができます。小学校より近いところにあるイメージです。ですから強みのひとつは「ご近所感」。
新谷 身近な存在ですね。
増田 次いで「相談のしやすさ」。お客さまと顔見知りになりやすいためですが、郵便局の業務を超えて“生活全般について何でも相談できる”存在になることが願いです。強みの三つ目は「優しさ」でしょう。フレンドリーだと言われることが多いですよ。
新谷 確かに、金融機関より敷居の低さを感じます。全国津々浦々に張り巡らされた郵便局のネットワークは、多様な形で活用できそうですね。
増田 ほかの企業や地方自治体にも使っていただきたいと、様々な連携を進めています。
ライバル企業との協業もめざす

1964年生まれ。早稲田大学卒業後、文藝春秋に入社。『Number』他を経て2012年『週刊文春』編集長。'21年7月より現職。
新谷 その具体的な取り組みについて、順番にお伺いしていきます。楽天とは、JP楽天ロジスティクスという合弁会社を設立されました。
増田 楽天が配送する荷物をもっと引き受けたかったこともありますが、一番の狙いはDXを進めるために楽天のリソースが欲しかったんです。我が社はリアルの会社ですから、デジタルとの融合でサービスの質を高めたいし、社員の働き方もそれに合わせて改善したいと考えたわけです。
新谷 利用者には、どんなメリットがあるんでしょうか。
増田 たとえば楽天市場の複数の店舗でお買い物をされた方が「おまとめアプリ」を使えば、受け取りを一回で済ませられます。
新谷 ファミリーマートとは、どういう連携を?
増田 ファミマは、省人化店舗の展開に意欲的です。当初周りにコンビニがない地域の郵便局に併設してはという話が進み、埼玉県川越市の川越西郵便局の中に出店してもらいました。まだ実験段階ですが、今後は増えてくると思います。災害時に「指定公共機関」という位置づけになるのは、コンビニも郵便局も同じ。共に社会インフラですから、協力の余地があります。
新谷 佐川急便とも協業を始めました。ライバル企業じゃありませんか。
増田 運送業界には、ドライバーの時間外労働に対する規制が強まる「2024年問題」があります。労働環境を守るため当然なのですが、一層の人手不足が必至です。
新谷 我々も、本や雑誌の配送が厳しい状況に直面しています。『週刊文春』は、首都圏や関西では木曜発売です。中国九州では一日遅れの金曜発売でしたが、配送が間に合わず、土曜になってしまったんです。スピード感が勝負の商品ゆえに、悩ましいです。
増田 各社が競争してドライバーを取り合い、個別にトラックを走らせるのは、非効率ですし環境にも悪影響です。
今後は、ある地点までは共同配送して、その先ラストワンマイルのサービスで勝負をしたい。ライバル企業であっても協業する考え方を進めていくことが、何事にも必要だと思っています。
新谷 共創と競争ですね。配送で言うと、ドローンの実用化はどのぐらいの段階まで来ていますか。
増田 離島や郵便局間、過疎地域での輸送に期待しています。私も昨年12月に、三重県熊野市まで実験を見に行きました。局内からの遠隔操作で、7分かけて3キロメートル離れた山の上の集落へ郵便物を運び、2メートルの高さから落下させて配達しました。
本格導入を念頭に置いている新型ドローンは、荷物を5キログラムまで積めて、航続距離が35キロメートルです。航空法の規制が緩和されて、機体と操作する人が認定を受けていれば、目視外でも有人地帯で飛ばせるようになりました。

新谷 ロボットは如何ですか。
増田 この4月に改正道路交通法が施行されます。公道を走行するロボットが街中で見られるようになるでしょう。実用化は、公道以外でもオフィスビルやマンション内の配送など着実に進んでいます。
新谷 DXの進展については、データドリブンによって変革を起こして、「みらいの郵便局」になるという構想を進めていますね。
増田 小さな郵便局では、終活や相続に関わる相談が増えていて、対応しきれない現状があります。タブレットを通して高度な知識をもつ相談員と繋がるようにできれば、全国どこの郵便局でもサービスのレベルを上げられます。
新谷 一人ひとりのお客さまが求めるサービスをきめ細かく提供できますね。DXについてこられない客は要らないという考え方が、一番いけないと思うんです。
増田 おっしゃるとおりです。お預かりした荷物の追跡ひとつとっても他社より遅れていますから、早く追いつきたいし、独自のサービスをできるだけ展開していきたい。DXについてはまさに格闘中です。
全国一律のサービスを提供する最後の砦と自負
新谷 増田さんのご専門でもある、地方創生との関わりについてお尋ねします。
増田 栃木県日光市の清滝郵便局では、近所にあった自治体の出張所が移転されたあと各種証明書の交付を行うなど、複数の行政事務を包括的に受託しています。取扱業務の一つとして、郵便局に市のタブレットを設置し、市の職員と住民とをテレビ電話方式で繋ぐことで行政相談も実施しています。全国300超の自治体からニーズに応じ業務を受託しています。
新谷 千葉県鴨川市ではJR東日本と組んで郵便局で駅の窓口業務を始めましたね。
増田 内房線の江見駅ですが、駅の敷地内に局舎を新築したのがきっかけです。毎日たくさんの方が駅を通りますから、郵便局の利用者も増えました。

新谷 JRも駅で切符を売るだけでなく、物販など新たな使い方を模索しています。
増田 地方の人口減少と疲弊は激しくて、ローカル線は全国で危機に瀕しています。地域の住民サービスを維持するために、あちこちの鉄道会社から相談がきていますよ。
新谷 人手不足など、同じような悩みを抱えている組織はたくさんありますが、力を合わせることによって解決できる場合も多いでしょう。人と地域を繋げるサービスは、日本郵政の得意分野ですね。
増田 郵便局に求められているのは、窓口にいつも人がいる温かさだと思うんです。地方が不便になっていく中で、最後まで残って全国一律のサービスを提供できる拠点は郵便局だ、と自負しています。
新谷 サステナビリティへの取り組みも教えてください。
増田 個々の郵便局で再エネ由来の電力に順次切り替えている他、局舎の建て替えにはCLTや地元産材など環境に優しい木材を使っています。「+エコ郵便局」の第一号として開局した千葉県南房総市の丸山郵便局は昨年「ウッドデザイン賞」を受賞しました。
新谷 集配車両のEV化は?
増田 2025年までにバイクは4割、軽四輪は5割まで、EV車に切り替える予定です。都内ではすでに、3~4割が替わっていると思います。
新谷 この4月で創業152周年ですね。これから先、日本郵政は何を目指しますか。
増田 長年培ってきた「人に寄り添うおもてなしのサービス」に「便利・安心のデジタル技術」を組み合わせて、郵便局のネットワークを進化させます。その上で、お客さまと地域を支える「共創プラットフォーム」となる目標に向かっていきます。

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