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他の人はサインペンで名前だけ書く中…春風亭昇太(63)が師匠のサイン色紙を見て学んだ「できる人」の法則

『紙と私』

PR提供: 日本製紙連合会

 師匠の五代目春風亭柳昇は本当にやさしい師匠で、僕は入門以来、ほぼ怒られたことがないんですよ。

 普通、弟子は師匠の家に通って修行するものなんですけど、「家に来て掃除しても落語は上手にならないから、来なくていい。用があったら呼ぶから」っていうんです。「その時間をあげるから、お芝居とか映画とか、そういうのをたくさん観なさい」と。

 で、よく言っていたのは、「噺家さんもいろんな人を見なさい。売れている人は、なんで売れているのか見ていたら分かるから。売れていない人もちゃんと見なさい、その人がなんで売れていないのか分かるから」。前座の僕は、そういうもんかなあと思って聞いていたんです。

 ある日、師匠の鞄持ちで行った地方の落語会で、師匠は十枚ぐらい、他の若手の落語家さんたちは二枚ずつくらい色紙を頼まれたんですね。色紙とサインペンは楽屋に用意されていましたが、師匠は鞄から自前の筆記用具を取り出し、名前を書き、絵筆で絵を描いて色をつけ、落款を押して、一枚、一枚、実に丁寧に書いていくんです。で、他の人を見たら、サインペンでひゅ~って名前だけ書いている。枚数少ないし、時間はたっぷりあるのに。

「あっ、こういうことなんだ! 一事が万事だ」と思いました。受け取った方がうわぁって大喜びするように書いている人と適当に書いている人の差が、こういう仕事には最終的に出てくるんだなと。だから僕も、下手だけど丁寧に一所懸命書こうと心がけています。

 入門から二十年経った頃、自分もそろそろ師匠の色紙をいただきたいなと思いました。いったら弟子なんて日本でも指折りのファンなんですよ、だから弟子入り志願したわけですから。師匠の家の床の間に師匠の師匠、六代目春風亭柳橋の色紙が飾ってあるんですが、僕も仕事をがんばって、いつか家を持てたら、床の間の部屋を作って師匠の書いたものを飾りたいとずっと思っていたんです。

 勇気をふるってお願いしたら、「じゃあ、書くものを持ってきなさい」。画材屋さんに走っていい紙を買い、「掛軸にしたいので、お願いします」と差しだしました。

 わりと喜んで、いつものように丁寧に雀の絵を描いてくれましたよ。師匠は戦争で両手を怪我して筆をちゃんと持つことができなくて、でも器用に筆を指にはさんで描いてくれた、すごいきれいな絵を。「昇太はね、俺がそろそろ死んじゃうと思って、こんなの頼んでいるんだよ」なんて冗談を言いながら。それから一年くらいあとに亡くなってしまったんですが。

 その後、家を建て、稽古場の床の間に師匠の掛軸を飾りました。部屋に入るたびに思い出すし、師匠が見ているようなプレッシャーも感じています。

 僕は春風亭柳昇の弟子じゃなかったら絶対無理、他の師匠のところに入門したら、たぶん続けていなかった。とにかく自由にやらせて可愛がってくれたので、まあ今もこんなフワフワした感じなんですけど、こうしていられるのは師匠のおかげだなあって、いつも思っています。

しゅんぷうてい・しょうた●落語家。1959年静岡県生まれ。82年春風亭柳昇に入門、92年真打昇進。新作・古典を問わず独創性に富む落語で高い評価を得る。公益社団法人 落語芸術協会会長。日本テレビ「笑点」六代目司会者。ドラマ、演劇、バンドなど多方面で活躍。三宅裕司率いる熱海五郎一座にも毎回出演、「東京喜劇 熱海五郎一座 幕末ドラゴン~クセ強オンナと時をかけない男たち~」は5月31日~6月25日新橋演舞場にて。

次回は6月29日号です。

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Photo:Shiro Miyake